銀行の審査や企業の評価か金融庁の検査マニュアルである金融検査マニュアルというマニュアルに基づいて行われます。
簡単に言えば、定期的に訪れる金融庁の検査において、金融庁の検査官から怒られないように、日常的にマニュアルに基づいた業務を行っています。
この業務は企業の評価の際に最も影響を及ぼし、結果として、融資方針を決定する格付けや債務者区分に影響を及ぼします。
目次
金融検査マニュアルとは?
そもそも金融検査マニュアルとはどのようなものなのでしょうか?
金融庁検査を行う際のマニュアル
金融検査マニュアルとは金融庁の検査官が金融機関に金融検査を行う際の指針となるマニュアルのことです。
金融検査マニュアルはただの検査官のマニュアルではなく、金融機関が金融検査マニュアルに基づいて、自己責任原則のもと内部規定を策定し、業務の健全性と適切性の確保に努めることを期待しています。
一見すると努力義務のように感じますが、金融機関と金融庁の関係性上、金融機関は金融庁の言うことは絶対です。
このため、実際には金融庁は「金融検査マニュアルに基づいた内部規定を作成せよ」と金融機関に命じているに等しく、金融機関の内部規定のマニュアルに等しいと言えるでしょう。
そのため、金融機関は平成12年の金融検査マニュアル制定以降、金融検査マニュアルに基づいた業務を行うようになりました。
不良債権の増大などを背景に制定
バブル崩壊による金融機関の不良債権の増大によって金融機関の経営が相次いで悪化しました。
そこで、国は金融機関の不良債権の積極的な処理を進めるため、金融機関の監督を強化するため、「金融監督庁」を設置。金融検査マニュアルはその後の流れの中で、リスクの管理や自己資本の充実なといった金融機関に健全経営を求めるという価値観の元に制定されたマニュアルです。
3つのマニュアルのうち、銀行に関連するのは「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」
金融検査マニュアルは銀行向けの「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」、保険会社向けの「保険会社に係る検査マニュアル」、金融持株会社向けの「金融持株会社に係る検査マニュアル」の3つのマニュアルがありますが、銀行に関係があるのは「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」となっています。
融資に関係するのは「信用リスク管理体制」
金融検査マニュアルの「預金等受入金融機関に係る検査マニュアル」の内容は以下のようになっています。
経営管理態勢
法令等遵守態勢
顧客保護等管理態勢
統合的リスク管理態勢
自己資本管理態勢
信用リスク管理態勢
資産査定管理態勢
市場リスク管理態勢
流動性リスク管理態勢
オペレーショナル・リスク管理態勢
このうち、融資を受ける企業に最も関係するのは信用リスク管理態勢の部分です。
信用リスク管理態勢のチェックリスクによると「信用リスクとは、信用供与先の財務状況の悪化等により、資産(オフ・バランス資産を含む。)の価値が減少ないし消失し、金融機関が損失を被るリスクである。」とされています。銀行にとっての資産とは貸出金のことです。
信用リスク管理態勢では融資金についてのリスクをしっかりと管理して健全経営に努めているかということをチェックしているのです。
このマニュアルには信用格付けや問題債権についての取り組み指針が記載されています。
金融機関は金融検査マニュアルの内容に基づいた内部規定を策定し、信用格付けや問題債権への取り組みを行っています。
「資産査定管理態勢」
銀行からお金を借りる側にとって、もう1つ関係のある項目が資産査定管理態勢です。
資産査定管理態勢マニュアルによると「資産査定とは、金融機関の保有する資産を個別に検討して、回収の危険性又は価値の毀損の危険性の度合いに従って区分すること」と記載があります。
これは要するに、貸しているお金の危険度がどの程度かをリスクに応じた区分をしなさいということです。この区分のことを債務者区分と言います。
また、区分したリスクに応じた引当金を計上しなさいというマニュアルになっています。
銀行は貸したお金が返済されなかった時に、いきなり過大な損失とならないように、毎年毎年、融資先のリスクに応じた貸倒引当金を積み立てています。
リスクが大きい会社は貸倒引当金を大きく計上し、リスクが小さい融資先は貸倒引当金を少しだけ積立てます。これにより、融資先が倒産した際には貸倒引当金を取り崩せば損失は最小限に抑えられるというロジックです。
この際に最も重要なのが、融資先のリスクの査定が適正かどうかです。この査定に関する指針を示したものが「資産査定管理態勢」となっています。
中小企業向けの別冊も発行している
金融検査マニュアルは金融検査の際の検査官のマニュアルであると同時に、銀行の内部規定策定の際の指針となる位置づけです。
銀行との取引が頻繁である中小企業にとっては銀行がどのようなスタンスで融資金や企業などを評価するのかを知ることは非常に重要です。
そのため国は平成16年に中小企業向けである金融検査マニュアル別冊を発行しました。
銀行が債務者区分や格付けを行うプロセスや、債務者区分に基づいて融資先企業の実態を的確に把握して借り手との意思疎通を行うことや、中小企業金融の実態への対応や、きめ細かい運用など中小企業への積極艇な働きかけ、再生支援などの取り組みを行っているかどうにについて、国は金融検査において銀行を評価しますよ。というような内容になっています。
従来は「お金を貸す側」である銀行と「お金を借りる側」の中小企業とは上下関係があるのが実情で、中小企業は銀行の言うことは絶対という側面がありました。
金融検査マニュアルの内容を中小企業へ周知することによって、中小企業に対して「銀行が中小企業の相談に乗っているかどうかを評価の基準とします」と認知させることで、従来の銀行と中小企業の関係性を改善する思惑があると言われています。
金融検査マニュアルに基づいた銀行の実務とは?
金融検査マニュアルに基づいて銀行は内部規制を策定していますが、実際にはどのような基準で銀行の実務は行われているのでしょうか?
銀行の自己査定
銀行は融資を行っている企業に対して定期的に査定を行っています。前述した資産管理態勢で資産のリスクを評価するとありましたが、この評価の作業が自己査定になります。
自己査定は以下のプロセスで行います。
自己査定→債務者区分を決定→区分に見合った引当金を計上
ではそれぞれ具体的にどのように査定を行っているのでしょうか?
債務者区分
債務者区分とは、融資先の企業を以下の5段階に分けることです。
分け方は金融機関の独自の基準にゆだねられていますが、おおよそ以下の通りです。
正常先
正常先とは、その名とおり業況が順調で利益を出し、借入金の返済にも問題がないと思われる先を示します。
要注意先
要注意先とは、営業赤字を計上しているような先で、今後の業況を注意して見守らなければ貸しているお金の返済に懸念が生じてしまう先です。
景気の悪化や取引先の事情などで、返済条件の緩和などの条件変更を行った企業もここに分類されます(要管理先として補足区分されることもあり)。
破綻懸念先
破綻懸念先とは、一応業務は継続しているが、債務超過に陥り、金融機関の支援がなければ資金ショートにより破綻してしまう。つまり破綻一歩手前の企業を示します。
実質破綻先
実質破綻先とは破綻懸念先よりもさらに業務が悪化しており、貸しているお金が返済困難になり金融機関にとって多額の不良債権を計上している先です。お金を借りている企業の支払能力から鑑みて返済不可能な借入金が多額におり、もはや再建は困難であるとみられる先を示します。
実質的には破綻しているが、ただ法人として存続しているだけの状態を示します。
破綻先
破綻先とは法的に会社が破綻している状態です。具体的には実質破綻先が法的に破綻の手続きを取ると、破綻先になります。
このように、銀行は自己査定によって融資先の債務者区分を決定します。自己査定によって決定された債務者区分に基づいて銀行は貸倒引当金を計上しますので、債務者区分の評価が適正に行われていないと、引当金を積んでいない状態で急に大きな損失が発生するリスクが高まります。
銀行の業況を安定させ、金融システム全体の安定を図ることを目的として制定された金融検査マニュアルですので、ここの債務者区分が適正で、リスクに見合った引当金を積んでいるかどうかは金融検査マニュアル制定の趣旨に鑑みて非常に重要になります。
企業格付
企業格付は正確に言えば債務者区分とは別物です。債務者区分は適正な引当金を計上するためにリスクを査定するものです。
一方、企業格付とはその企業に対する融資方針を決定するものです。
ただし、同じく企業のリスクを勘案して債務者区分や企業格付を決定するため、実質的には同じ視点から審査を行っています。
企業格付けは正常先であれば1~6までに分類され、要注意先は7~9つまでに分類され、破綻懸念は9、実質破綻と破綻先は10などと言ったように、概ね10段階程度に分けて分類されることが一般的です。数字が大きくなればなるほどリスクは高い先です。
債務者区分 | 区分詳細 | 企業の状態 | 格付け |
正常先 | 正常先とは、その名とおり業況が順調で利益を出し、 借入金の返済にも問題がないと思われる先を示します。 |
1 | |
2 | |||
3 | |||
4 | |||
5 | |||
6 | |||
要注意先 | 要注意先 | 元本の返済もしくは利息の支払いが延滞している債務者 経常利益が2年間連続赤字の会社 債務超過解消年数=2年3年 債務償還年数=10年~15年 |
7 |
要管理先 | 3ヶ月以上延滞債権 元本の返済もしくは利息の支払いが延滞している債務者 経常利益が2年間連続赤字の会社 債務超過解消年数=2年3年 債務償還年数=10年~15年6ヶ月以上延滞 金利の減免、利息の支払猶予、元本の返済猶予、 債権放棄等の取り決めをおこなった債務者 債務超過解消年数=4年~5年 債務償還年数=20年~30年 |
8 | |
破綻懸念先 | 事業を継続しているものの、実質的に債務超過の状態にあり、 元本および利息の回収に重大な懸念がある。 つまり、経営破綻の状況にはないが、経営難の状態にあり、 今後経営破綻に陥る可能性がある債務者 債務超過解消年数=5年以上 債務償還年数=30年超 |
9 | |
実質破綻先 | 形式的には事業継続しているが、多額の不良債権が発生しており、 債務者の返済能力より過大な借入金が残存。 つまり、再建の見通しがつかない状況が認められ、 実質的に経営破たんに陥っている。 |
10 | |
破綻先 | 法的・形式的に経営破綻(精算、整理、更正、破産・・) | 10 |
正常先の中でもっとも格付けが高い1は超優良企業です。筆者が勤務していたような地方銀行では格付けが高い1の企業はほとんどありませんでした。このような企業はよほど大きな設備投資を行うような場合以外はお金を借りる用事がないため、銀行は頭を下げて融資をお願いする立場です。
2、3の格付け先の企業も基本的には運転資金の必要性がない先です。設備資金への投資などに銀行を利用することが多くなります。
いわゆる普通の順調な企業が4~6の会社です。このような会社は運転資金を借りることがありますが、それほど頻度は多くなく、たとえ現金を多くもっていないとしても利益はしっかりと出しているため、返済が遅れる恐れがない会社です。
ちなみに某地銀なら格付け3をつけたけれど、某メガバンクなら5という格付け評価というように、銀行各行(信金など含めた金融機関)で格付けは異なることもあります。
要注意先でも7、8の格付けの会社であれば、黒字化する見込みや経営改善に合理的な予測を立てることができれば銀行が「再建の余地あり」と判断すれば融資を行う場合もあります。
一過性の景気変動などによって赤字化したような場合には7くらいの格付けに留まりますが、景気の悪化によって慢性的に赤字となるような企業の場合には破綻懸念一歩手前の9に格付けされてしまうこともあります。
破綻懸念先は基本的には具体的な「経営再建計画書」という書類を提出し、銀行が認めない限りは融資を受けることはできません。ここまでくると銀行は「この会社を救う価値があるかないか」という目線で審査を行います。
実質破綻先、破綻先には融資は行いません。
引当金
先ほどから述べていますが、金融機関は自己査定によって決定した債務者区分それぞれのリスクに応じた引当金を計上しなければなりません。
どの程度の引当金を債務者区分に応じて計上するのかのおおよその目安は以下の通りです。
地方銀行の引当金の平均的な引当率は以下のようになっています。
正常先:平均0.7%
要注意先:平均55.5%
破綻懸念先:63%
実質破綻先:100%
融資金額に対して上記の割合で引当金を計上します。正常先に1,000万円貸したのであれば1,000万円×0.7%=70,000円を費用計上して引当金として積み立てます。
例えば要注意先に1,000万円融資を行った場合に55.5%の貸倒引当金を計上した場合、555万円の貸倒引当金を計上しなければならなくなります。この企業に金利3%で融資を行った場合の利息収入は30万円ですので、30万円の収入に対して555万円もの費用計上をしなければなりません。銀行にとって、要注意先以下に融資を行うことは採算に見合わないことになってしまうのです。
ここが債務者区分が低い会社がお金を借りにくい最大のポイントです。
筆者も銀行員時代に3,000万円程度の融資を行った先が急に資金繰りが悪化して要注意先に転落すると、上司から「1,500万円の収益をどこかから上げてこい!」と怒鳴られた経験がありました。
それだけ、債務者区分に応じた引当金の計上は銀行の収益を左右します。
金融庁マニュアルが廃止の方向ってどういうこと?
現在金融検査マニュアルは実質的に廃止となっています。
金融検査マニュアルが銀行本来の審査能力を奪っているという問題点
ここまで説明してきたように、金融検査マニュアルに基づいて銀行は自己査定を行い、引当金を計上します。債務者区分が低い先には引当金を積まなければ金融庁からの指導を受けるため、収益を圧迫したくない銀行は債務者区分の低い先には融資を行わない、つまりリスクを取らないという傾向にあります。
本来であれば銀行は、自分たちの目利きで企業や社長を評価してリスクを勘案して融資を行い、地域経済に寄与するという公共的使命を負っています。
しかし、金融検査マニュアルがあまりにもリスクに対して敏感であるため、リスクが発生する懸念のある融資に対して消極的になりすぎてしまい、保証や担保ありきの融資に偏った傾向になりました。
筆者の経験上は、自分の目線で企業をどう見るかよりも、保証や保全が図れているかの方ばかり気にしている銀行員がほとんどです。
ベストセラー「海賊と呼ばれた男」の中で、信用金庫の総預金残高の実に数十%を主人公である出光佐三の人間力を信じて融資するなどと言った場面がありますが、そのような気骨ある銀行員はもはや存在しなくなりました。
銀行へ原点回帰を促すために、2015年の森金融庁長官への交代以降、金融検査マニュアルは廃止の方向性にあります。
従来のリスク管理重視から積極融資への大転換
金融検査マニュアルのリスク管理重視から、今後は積極的に融資を行う方向性へと国は銀行へ方向転換を求めています。
バブル崩壊以降の不良債権処理をメインとしたリスク管理によって銀行の不良債権は減少し、リスク管理の時代は終わりました。今は日銀の金融緩和によって民間銀行へジャブジャブお金を流し、民間への積極的な融資が求められている時代です。
このため、国は新たに「ベンチマーク」というものを金融機関向けに作成しました。ベンチマークとは金融機関の通信簿で、ベンチマークに則っている企業ほど、金融庁は高く評価するよという意味です。
ベンチマークのうち、すべての金融機関に適用される項目は以下の5つです。
(1)地元の中小企業への無担保での融資件数とその割合
(2)営業利益率や売上高などが伸びたメイン先企業の数
(3)企業の発展段階別の融資企業数と融資額の推移
(4)条件変更を行った中小企業における経営改善の進捗状況
(5)創業、第二創業に関与した件数
要するに、
1,無担保や無保証でどれだけ融資を行っているか
2,融資先の企業の業績をどれだけ伸ばせるか
3,発展段階の企業にいかに融資を行えるか
4,条件変更先をいかに改善させられるか
5,創業に積極的に融資を行っているか
が金融庁が銀行を評価する基準となります。
リスクをどれだけ管理しているかを銀行の評価基準としてきた金融検査マニュアルから比べるとまさに180度の方向転換であるといってもよいでしょう。
金融仲介機能のベンチマークとは?銀行融資が変わった!
金融庁の方針が2015年~2016年に大きく変更