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金融検査マニュアルとは?
「金融検査マニュアル」とは、金融庁の検査官が金融機関の検査を行う際に用いるマニュアルの通称で、1999年に制定されました。制定の背景にはバブル崩壊の後遺症として金融機関の経営状況の悪化があり、早期の不良債権の処理とそれに伴う金融機関の健全性の回復が急務とされる中で作り上げられています。
1999年以降、約20年間運用されたマニュアルは、2019年12月18日に廃止となりました。
中小企業や個人事業主に対する金融機関の姿勢の変化について解説していきます。
その名も「金融庁チャンネル」です↓(下記URL)
https://www.youtube.com/channel/UCpIgZIDc-ptkZZTvzqlwGQg
金融検査マニュアルが引き起こした金融庁と金融機関の引当金攻防
平成不況のど真ん中で制定された金融検査マニュアルを、マニュアルが運用されると同時に某金融機関に入職した私の実感をもとに一言で表現すれば「引当金戦争」にほかなりません。
この場合における引当金は、内容不良な企業に対し破綻リスクを考慮して予想損失額分を利益から控除しておくことを意味します。
時は平成不況であり、一般企業の資金ニーズは極めて細く、また融資に対する返済原資が見えにくい状況で、融資対応に消極的ならざるを得ない時代でした。
主な収益源たる融資残高は思うように伸びず、金融機関(銀行・信金など)の利益は先細り傾向にありました。
ただでさえ利益が減少していくのに、利益減少要因である引当金の積み増しは回避したいのが本音であり、また至上命題でもありました。
しかし、金融庁は金融機関の健全化=不良債権早期処理を最大の目的として金融検査マニュアルを定めたことから、極めて厳格かつ一律の対応を行う姿勢を前面に押し出し、金融機関に対し正確な資産査定による引当金の積み増しを求めてきました。
金融検査マニュアルを土俵とした金融庁検査官と金融機関の「引当金戦争」は双方の事情から一歩も引けない熾烈な打ち合いとなり、追加の引当金を積みたく無い(積めない)金融機関経営者の意向と、金融庁の引当金積み増し圧力との板挟みになった現場の金融機関社員の様相は悲惨の一言で、そこで丹念に刷り込まれた疲弊はトラウマとなり、今なお残っているのです。
金融検査マニュアルは失策だった?
苛烈な金融検査体制としたことで、当然ながら金融機関は融資に対し萎縮しました。融資後に融資先の決算内容が不良化し、引当金を積まねばならない事態は絶対に回避すべきであるとの認識が急速に共通化していきます。
その結果「担保・保証への過度な依存、貸出先の事業の理解・目利き力の低下といった 融資行動への影響が生じた 」との内容(Dペーパーより)通りの事態が常態化していきます。
具体的な事象としては、融資に極めて後ろ向きな対応を取る「貸し渋り」、引当金積み増しを回避するため手形貸付や当座貸越の更新に応じない「貸し剥がし」等が発生しました。これらが意味するところは、金融機関が顧客を見ず、自分達ばかりを見ているということに他なりません。
金融庁は自ら策定した金融検査マニュアルが金融機関を萎縮させ、経済成長を阻害し、それが原因となって「失われた平成」を招いた可能性を反省しているはずです。
Dペーパー内では自身の責任に言及する箇所はありませんが、悪影響についての記述は散見されます。
画一的な護送船団方式から各金融機関の特徴 個性尊重へ金融庁が大転換
失われた平成の一因となった金融検査マニュアルが廃止され、金融庁は今後どのようなスタンスで金融機関を監督していくのでしょうか?
Dペーパー内では「当局としては、金融機関それぞれの経営理念・戦略が多様であることから、これらに基づく金融機関の内部管理態勢にも多様性があることを理解し、金融機関の個性・特性に着目し、これに即した検査・監督を行っていく。」と、明確に示されています。
簡単に言えば「自主性を重んじ、自主性に基づいた計画の成否を監督する」ということです。
金融検査マニュアルの特徴である画一性が引き起こした融資機能不全への反省から、各金融機関ごとの事情に配慮し、その自主性を尊重する方針への大転換が行われました。
これからの金融機関はそれぞれの特徴を発揮し、画一的でない対応となっていくことが予測されるため、融資を受けたい企業・経営者側が各金融機関の特徴を抑えておくことが重要となってきます。
銀行や信金といった金融機関は経営者と「深い対話」を望んでいる
金融庁はDペーパー内で「顧客との関係性に基づいて、顧客の実態をどのように把握しているのか(例えば、顧客の事業、正常な運転資金、貸出の資金使途、返済財源などを踏まえた将来のキャッシュフローの把握)や再生支援先の経営改善状況に着目することが考えられる。」と記しています。
金融庁は金融機関に対して、融資顧客についての深いレベルでの把握と理解を求めており、履行状況を検査で確認するはずです。また、その顧客理解に基づいて具体的にどのようなアクションを起こしたか、またそれはどのような収益機会となるのか(なったのか)も重要なポイントとなってきます。
金融検査マニュアルによる画一的かつ利用者無視の体制からの反省として、金融庁、および金融機関も対話型へと大きくシフトしていくことになります。
金融庁が対話型を尊重する以上、これからは金融機関において重要なのは「対話」となります。
企業・経営者側が融資案件を持ち込む際、その案件だけの資料のみでなく、自社の来歴、現状、将来ビジョン等を明記した資料も持参し、対話にてアピールすることが重要です。
金融機関サイドとしては、ただ案件の融資対応をしたのではなく、当該企業のこれまでと現状、今後の事業展開まで把握した上で対応した、との足跡を欲しがるようになります。
中小企業を支援することが生命線となってきた銀行や信用金庫
Dペーパー内では「今後の融資に関する検査・監督の進め方のイメージ」という章があります。これは金融機関向けに当局がどのような検査・監督を行うのかを見える化する目的で作成されています。
設定されている例を要約すると「中小企業融資を中心に据え、業績不振先へは再生支援を行なっていく方針」となっており、おそらく全国各地の地域金融機関で同様の経営方針が設定されていると思います。
これから金融庁は各金融機関の独自性を尊重し対話していくとしていますから、この経営方針を遵守しているかどうかを検査・監督していくことになるわけです。
そうなると、中小企業に対しどれだけ成長に資する融資を行ったか、またどれだけの業績不振先に対し支援メニューを提供したかは必須のヒアリング項目となり、各金融機関はそれらの実績を作ることに必死とならざるを得ません。
私が勤務する金融機関でも重要目標として新規事業先融資数や支援活動実施先数が業績評価の中に含まれており、顧客からの依頼がなくても支援メニューを提案するなどの「お節介」をしないと目標達成できない状況です。
よって金融機関は、売上・利益増加の「見込みがある」融資や、企業の事業継続および再生を目的とした複数債務一本化等のキャッシュフロー改善となる融資等を行うインセンティブが働いており、そのような案件は大変に喜ばしい話であるため堂々と金融機関へ持ち込んでください。
担保・保証が不要となる融資を受けるチャンス
金融検査マニュアルの弊害として、Dペーパー内に「債務超過に陥っており債務者区分を破綻懸念先としているが、事業継続は可能であるとの判断の下、積極的に再生支援を行っている場合に、当局検査で債務者区分の相違を指摘され、結果として追加融資を行うことを留保した事例が見られ、金融機関の円滑な融資行動の制約につながったとの指摘もある。」との一文があり、
それを踏まえて「融資について、担保・保証からの回収可能性だけでなく、将来のキャッシュフローに基づく返済可能性にも着目して金融仲介機能を発揮しようとする金融機関の取組みを妨げない。」という視点を重要視していく、との文につながっていきます。
これまでの金融検査マニュアルによる検査では、前述の通り引当金の積み増しが焦点となっていました。
引当金は担保等で保全されている融資に対しては大きく積む必要がないため、金融機関は不動産担保を要求したり、信用保証協会の保証付きを条件とするなど、リスクオフの融資に腐心していました。
金融機関が過度に担保・保証に依存することとなった結果を、「金融機関の円滑な融資行動の制約」と金融庁は表現し、自らの方針について実質的に過ちを認めています。
金融庁がこれから金融機関に求める姿勢は明確で「過度に担保・保証に依存しない、事業性評価に基づいた金融仲介機能の発揮」ということになります。
経営者の皆さんは、できれば担保提供や保証協会の利用、または連帯保証人の設定はしたくないというのが本音でしょう。
これまでは引当金という金融機関サイドの都合で融資の際に求められていましたが、これからは融資案件において事業計画に妥当性があり、返済原資である将来のキャッシュフローの確実性が認められる場合、金融機関は担保・保証を取りづらくなることは金融庁の意向からも明確です。
そこを狙っていく際に重要なのは、やはり資料に基づいた対話となります。
既存融資の組み直し・条件好転のチャンス
引当金を算定基準として債務者区分というものがあります。テレビドラマ「半沢直樹」でも取り上げられていましたので聞いたことがあるかも知れませんが、全部で6区分(正常先、要注意先、要管理先、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先)あります。
金融検査マニュアルに基づき金融庁と金融機関が攻防していたのはこの債務者区分の妥当性であり、ランクダウンさせ引当金を積み増しさせたい金融庁と、ランク維持またはランクアップさせたい金融機関の利害が真っ向からぶつかり、正に戦争の様相を呈していました。
要注意先以下は引当金が大きく膨れ上がります。よって平成不況時は新規の融資に対し極めて後ろ向きであり、追加担保か信用保証協会の保証付きがない限り新規融資には応じず、破綻懸念先以下には一切の融資対応は実質的に行わない方針でした。
私も当時、破綻懸念先には一切の新規融資はできず、要注意先への融資は不可能ではないが例外的、との感覚で業務をしていました。この金融庁からのランクダウンへの圧力と、引当金の増大を過度に忌避する金融機関の姿勢が、金融の円滑化を阻害し、中小企業の困窮を招いたことは間違い無いと考えます。
今回の金融検査マニュアルの廃止により、債務者区分について金融庁は画一的な基準とせず、各金融機関の判断を尊重する姿勢に変わると考えられます。
また、要注意先以下への新規融資を伴う経営支援メニューの提供は、金融庁検査においてもプラスに働くため、中小企業の再生に資するスキームが立ち上げられるのであれば、新規融資について後ろ向きではなく前向きに取り組む姿勢となるでしょう。
ここでも重要なのは金融機関との対話であり、計画書をベースとして事業改善・再生が金融機関の新規融資、または元金据置などの条件変更により可能となることが示されれば、これまで不可能だった案件が通る可能性が極めて高い時流となっています。
以前あきらめた設備投資や返済条件の見直し希望があれば、もう一度取り組んでみる価値は十分にあると考えます。
金融検査マニュアルの廃止は中小企業にとって福音!新たな融資借入へ
金融検査マニュアルの廃止は、日本の地域金融機関が大きく転換する狼煙のようなものです。
報道にもあるように地域金融機関はマイナス金利による低収益が大きな問題となり、合併等の再編が始まる雰囲気も進んできています。
これまでは金融機関の普遍的な課題は不良債権処理でしたが、多くの中小企業の倒産や世界経済の拡大の結果、不良債権処理問題は終息したと考えられます。
その一方で、新たな問題として低収益化が持ち上がってきており、金融検査マニュアルは時勢との齟齬が生じてきたため、その役割を終えるとの見方もできると考えます。
金融検査マニュアルが廃止になるから変わっていくのではなく、環境が変わったので廃止する。実際はこれでしょう。
金融機関はこれから「持続可能なビジネスモデルの構築」に突き進んでいくことが半ば義務付けられており、金融検査マニュアル廃止後の金融庁からのオーダーはこれに集約されます。
金融機関の収益源の大半は融資利息であり、利息収入を増加させるには融資残高の増加および平均貸出金利の上昇しかありません。
現在、日本中の地域金融機関において収益改善のため「新規融資先の開拓」と「事業性評価による高利融資」の推進がテーマになっていることでしょう。安定した利息収入を増やすためにはこのテーマで行動するしかないからです。
ですので銀行や信用金庫といった金融機関は融資案件に飢えているのはもちろんのこと、計画に妥当性があれば担保・保証を必要としない融資についても、金利設定を高めにできることから極めて前向きな姿勢となっています。