2020年1月23日、メルカリの100%子会社であるスマホ決済サービスを提供するメルペイが、同じくスマホ決済サービスを提供していたOrigamiを買収することが電撃的に発表されました。
その前年である2019年11月18日にはヤフーを手がけるZホールディングスとLINEの経営統合統合があり、PayPayとLINE Payが実質的に一体化するなどコード決済業界の再編の動きが出る中で、Origamiの身売りはシェアから考えて当然の選択であり、意外性のないものと捉えられていました。
しかし、その内容はPayPay ・LINE Payの統合劇とは異質なものであり、またPayPayとOrigamiの違いを際立たせるものとなっていました。
目次
Origamiの身売り買収とは何であったか?
当時のOrigamiの現状と企業価値は?
Origamiは2012年創業でコード決済にいち早く進出した業界のフロントランナーです。
加盟店数は19万ヵ所を超えるまでに成長していました。
2018年1月には表参道から六本木ヒルズに本社を移転するなど、ブランドのイメージアップに努めます。
また金融機関と業務提携を活発に行い、2018年9月には信用金庫の中央団体である信金中金と資本業務提携を結び、日本中の中小企業に営業網を持つ信用金庫との緊密な関係性を構築するなど、加盟店拡大への布石も着々と打っていました。
資金調達面では累計で88億円の出資を受け、出資先はSBIインベストメント、トヨタファイナンス、信金中央金庫、銀聯国際などの大手が中心であるなど同社に対する評価の高さが伺えます。
それを証明するかのように2019年11月に日経新聞社は「NEXTユニコーン調査」で企業価値を推計した際、Origamiの企業価値を417億円(6位)とし、その成長性にお墨付きを与えていました。
衝撃の「1円」売却
一見Origamiに懸念はないと思われ、メルPayへの売却劇もPayPay・LINE Pay連合への対抗策として極めて自然であると思われていましたが、徐々にその異常な実情が明るみに出てきました。
売却額は1株1円の259万円、従業員の9割は解雇という悲惨な条件であったと言われており、実質的に破綻処理と言った方がしっくりくる内容であることがわかってきました。
推測ですが、Origami幹部は雇用の維持について強い姿勢でメルカリ側に訴えていた思います。それを呑んでもらえなかった要因を次で述べたいと思います。
ボロボロの決算と新興企業への逆風
Origamiの2018年決算は、売上高2億2千2百万円、経常利益は△25億4千4百万円となっていました。
にもかかわらず純資産が昨年比で4千7百万円増加していたのはおそらく前出の出資(2018年度に66億円)を受けたからでしょう。
決算は乗り越えましたが2019年度に黒字転換できるほどの売上高はなかったでしょうから、2017年度から2018年度の決算推移からして新たな出資を受けなければ資金は確実にショートすることとなります。「2020年1月中には資金ショートする可能性があった」との報道も納得です。
市場にはさらなる逆風が吹き荒れていました。
2019年にシェアオフィス事業の米WeWork社が不正会計などを理由に上場に失敗し、新興企業に対する高成長を担保とした赤字容認のコンセンサスは世界レベルで吹き飛びます。
そもそも高成長とは言えないOrigamiの現状はますます正当化しづらくなっていき、これが直接的要因かどうかはわかりませんがOrigamiの資金調達に大きく影響したことは間違い無いと思います。
WeWork社へはソフトバンクが出資をしていましたが失敗と位置付けられており、投資巧者ソフトバンクの蹉跌は他の出資者の財布の紐をきつく縛る理由としては十分すぎるほどです。
Origamiは資金調達に詰まり、売上ではキャッシュアウトをカバーできず、最悪の状態で身売りに至ります。これらを踏まえるとメルカリの条件である「1株1円」「従業員9割解雇」は当然と言えるでしょう。
PayPayとは何が違ったか?
Origamiは窮地に立ち、身売りという結末となりましたが、一方でコード決済の覇者と目されるPayPayとの間にはどのような差があったのでしょうか。以下にその内容を解説したいと思います。
資本規模が全然違う
PayPay(株)は2018年6月に設立されており、設立時点でYahoo!ウォレットの3,300万人のユーザーの追い風を受けられる状態でスタートしています。
主要株主はソフトバンクとヤフーであり、2019年3月期決算では総資産407億円、純資産92億円となっています。
一方のOrigami は2018年12月期で総資産42億円、純資産31億円であり、総資産で約10倍、純資産で約3倍の差があることがわかります。
総資産 | 純資産 | |
PayPay | 407億円 | 92億円 |
Origami | 42億円 | 31億円 |
一概には言えませんが、商売とは資産が大きければ有利です。
資産とはいわば企業の身体の大きさであり、体格が10倍違うとなると大相撲の横綱に小学生が挑むよりも無謀です。
Origami はPayPayが参入、というよりもソフトバンクが本腰で殴り込んできた時点でほぼ「詰み」であったと言えます。
投下できる資金が違う
PayPayは参入直後から「100億円あげちゃう」などの大規模なキャンペーンを行います。
一方のOrigamiもクーポンを配布したり各種限定で20%オフを行ったりしましたが、とても対抗できるレベルにありませんでした。
これらの販売促進策はいわば現金のバラマキですから体力勝負となります。
企業における体力とは純資産のことで、先ほどの純資産比較ではPayPayはOrigamiの3倍の水準でしたので、どちらが体力があるかは明白です。
さらにPayPayにはソフトバンクとヤフーという同族の株主がおり、追加の資金調達は十分見込めます。実際に2019年5月にソフトバンクGから第三者割当増資により460億円を調達していることからもそれは明らかでしょう。
Origamiは多額の資金調達に応じてくれる一心同体の相手方やスポンサー企業はおらず、そもそも資金力で対抗できる見込みはなかったと思われます。
営業手法が違う
どのサービスでもそうですが、その領域のデファクトスタンダードを取りに行くのが目的となります。
その際に資金力と共に重要なのは営業戦略であり、自社のコード決済をどれだけ多くのユーザーに利用してもらうかを血眼になって求めていく必要があります。
結果として、PayPayは2020年2月20日時点で登録ユーザーは2,500万人を超えました。
一方のOrigami は非公開となっており比較はできません。
では肝心の利用可能店舗はどうであったか。
PayPayは2020年2月20日時点で194万カ所以上、Origamiは19万カ所以上と、総資産と同じく約10倍の差があります。
「使える店の数=利便性」であり、そこに10倍の差があるわけですからこちらも全く勝負にならないと言っていいでしょう。
これほどまでに差が開いた、両社のキャンペーン以外の拡大戦略には、明確な違いがあると思われます。
両社の基本営業戦略は、PayPayは自社営業部隊によるローラー作戦、一方Origamiは提携先にキックバックを提示した他力本願作戦です。
PayPayは転職サイトで募集しているように自社にて営業マンを雇用し営業を行っています。ノルマが与えられた上でPayPayを拡大することを目的とし日々活動しているはずです。
Origamiは自社で大量の営業マンを抱え込むことはせず、主に全国の信用金庫の営業網を利用することを中心的に考えていたはずです。そのための信金中金との提携でもあったのでしょう。
信金が加盟店を開拓すると、そこでの決済手数料の一部をキックバックする内容であったはずで、低収益に悩む信用金庫としては新たな収益源として期待しており、WIN –WINの関係の中で拡大が行える目算であったのでしょう。
しかし、結果は残酷なほどに開きました。
片方は専業営業マンとして単一商品のみを売り、片方は外注先の営業マンの立場で多種類あるノルマの中の一つとして売る。
短期間でデファクトスタンダードを握らなければ淘汰されていく状況下で、この営業マンの立ち位置の違いを放置したことはOrigamiにとって致命的であったと思います。
各信用金庫にとってOrigamiがどうなろうとダメージはなく自金庫にとって最も利益が上がる商品を優先するのは当然で、知名度の低いコード決済などに時間をかけるだけ無駄だと現場は考えます。積極的に売ってもらえると考えたOrigamiは極めてウブであったと言わざるを得ません。
一方のPayPayは母体がソフトバンクであり、かつてのYahooBBを販売した時のような量的拡大を目的とした営業戦略には一日の長があります。シェアを奪い確固たる地位を築くにはコストが必要であり、プロパーもしくはそれに近い営業部隊が必要だと知っていたのだと思います。
要は人間の性質に対するアプローチの違いであり、OrigamiよりもPayPayの方が人間の性質を深く理解していたのだと思います。商売のキモを内製化するのか外注化するのか。その差は致命的でした。
Origami騒動からみる商売の本質
ユーザー目線のCM、企業目線のCM
Origamiの敗因から何が学べるか。私的な意見となりますが、まずは「ユーザーより美学を優先してはいけない」があると考えます。
以下はPayPayとOrigamiのテレビCMです。
PayPay
Origami
あまりに差がありすぎて同じ領域のサービスのCMとは思えないくらいであり、そこに最大の問題があります。
PayPayのCMは数え切れないほど「PayPay」を連呼しており、ダンスの合間にセールスポイントを文字で大きく挿入しています。スタイリッシュかと言えばそうではなく、上品さもありません。
それに対しOrigamiはCM中2回しか「オリガミ」と発しておらず、セールスポイントのアピールは皆無ですが、すっきりとした印象で上品さがあります。
では、同じ15秒枠のCMにあって、どちらが印象に残り何を訴えたいのかがわかるか?と問いかけた場合、全員一致でPayPayに軍配が上がるのではないでしょうか。
PayPayは想定ユーザーを社会人以降の全国民と見ていたと思います。だからこそCMには徹底したわかりやすさを求めた。
受け手に「これは何なのか?」と考えさせることをさせないユーザーフレンドリーさが溢れた作りとなっています。
一方のOrigamiのCMは、一見しただけではほぼ何もわかりません。ユーザーからしたら考えることを強要されるCMとなっています。
これでは印象にも残らず意味のない15秒間になってしまいます。
CMには両社の企業スタンスが色濃く表れていました。
徹底したユーザー目線のPayPayと、自社イメージを優先したOrigami。
このスタンスの違いは、広く薄くどこよりも早く浸透させる必要がある決済サービスの拡大戦争において致命的であったと思います。
ユーザーは決して聡明では無く、わかりやすさと反復による刷り込みが有効であると強く認識していたPayPayの人間理解に対し、Origamiの自分たちから見てイケてることが最優先といった姿勢は青臭く映ります。青臭いままでは勝てないのが商売の世界です。
資産規模の違いはそのまま勝敗につながる
極論ですが、商売は資産規模が大きい方が有利です。その点は子供の喧嘩と同じです。
前述の通りPayPayとOrigamiの総資産の差は約10倍であり、覆しがたい差が競合の瞬間から発生していました。
また資産背景および資本関係を源泉とした資金調達力も雲泥の差があり、PayPayの100億円キャンペーン×2回に対抗できる力はOrigamiにはなく、また大規模な営業部隊を抱えられるか否かなど、迅速なシェア拡大戦略において致命的な差が出る部分において逆立ちしても対抗することができない状態となっていました。
この状況を主導的に作り出し、戦の基本である物量差で圧倒するという勝率の高い戦略をしっかりと履行したPayPayの隙のなさが際立ちます。
小さいものは大きなものに絶対に勝てないわけではありませんが、こと決済サービスにおいてはいち決済手法の中の会社カルチャーの差にこだわりを持つ人が大多数だとは思えません。
アプリのデザインがおしゃれかどうかで決済会社を選ぶ人は少数派で、大多数は還元率と知名度、および各サービスとの連携で選ぶと思われます。
還元率を高めるには資本力が必要ですし、知名度を上げるには多額の広告費が必要です。
そもそもニッチが発生し辛い領域では個々人の性向はほとんど無意味であり、デファクトスタンダードとなった存在に集約されていきます。
コード決済サービスというニッチが存在しない世界の競争においては資産規模が圧倒的に有利であり、大資本が参入した時には、Origamiのような意識の高さを前面に出す企業の居場所は残されていなかったのです。