短期間での成長を求められるベンチャー企業の資金調達方法は、通常の中小企業とは異なり、直接金融を含めた様々な資金調達方法を上手く活用していく必要があります。
今回は、成長を目指すベンチャー企業が取るべき資金調達方法とその進め方、およびベンチャー企業特有の資金調達方法について説明します。
目次
ベンチャー企業にとっての資金調達とは
ベンチャー企業、特に急激な成長を志向するスタートアップ企業にとって、「資金調達」とは、ある意味売上よりも優先する重要なものです。
通常の中小企業であれば、自社のビジネスモデルで確実に売上を上げることで収益を積み重ねながら内部留保を蓄積するとともに、財務内容を良化していくことで銀行・信用金庫などからの融資(このような資金調達の方法を「間接金融」と呼んでいます。)の調達力を増加させ、その資金によってレバレッジをきかせた投資を行いさらに収益力を強化するというサイクルを経て、段階的に企業を成長させていきます。
一方、ベンチヤー企業においては、自社が目指す方向性と世界観をもとに投資家・銀行を説得して、自社が成長するために必要な多額の資金を、先行して調達します。
その資金をもとにビジネスモデルの構築に必要な体制をつくるために必要な投資を積極的に行う事で企業活動を一足飛びに促進し、最短の時間で自社にとって理想的な規模まで成長させます。
成長することで投資家・銀行に対する資金調達力をさらに増加させてより巨額の資金調達を行い、調達した資金で更なる成長を目指すというサイクルを継続していくことで、通常の企業経営では不可能なスピードで事業を成長させていき、自社の世界観を実現させるための最短距離をとることを志向します。
この時、投資家・銀行等はいわゆる融資とは異なり、企業に対して資本として資金提供(いわゆる「直接金融」と呼ばれる。) をします。直接金融には間接金融とは全く異なる考え方に基づいて行われます。
このように、ベンチャー企業にとっての資金調達は、通常の中小企業と異なり、最短で成長できる環境をつくる手段としての資金調達という位置づけであり、売上を獲得することや、ビジネスパートナーを見つける、という性質に近いものとなります。
そのため、資金調達の手段も、各ビジネスの段階に応じて、その特性にあったものを選択することになります。
ベンチャー企業の成長段階について
ベンチャー企業にとっての資金調達の重要性について説明しましたが、ベンチャー企業にとっての資金調達方法は、その成長段階によって方法論が異なる事も特徴です。
これは、金額の多寡だけてはなくて、調達先・調達方法についても異なるのが通常です。
これはなぜかと言うと、ベンチャー企業にとって、その企業の成長段階によって、その資金の意味と資金回収のリスクが全く異なることに起因します。
まず、ベンチャー企業の成長段階について知っておくことが大切なため、以下には、代表的な分類によるベンチャーの成長期と、その資金調達の性格について説明します。
シード期
ビジネスの構想段階から立ち上げ段階までの期間を、シード期と呼びます。
イメージとしては、社長のビジネスアイデアだけあるという段階から、プロトタイプを作成して事業活動を始めている段階くらいまでの期間となります。
基本的には少人数の創業メンバーで事業を構想・展開している期間で、経費はそこまで多くかかってはいませんが、初期プロダクトを作るための資金・創業メンバーの人件費等が必要となってきます。
ほとんどのベンチャー企業では、シード期には売上がゼロないしはきわめて少ない状態であり、間接金融から合理的な返済計画によって資金調達をするのはかなり難易度が高いです。
そのため、通常のベンチャー企業では、自己資金や親族・共同創業者からの資金提供で調達します。
日本政策金融公庫や各銀行の創業融資を利用するケースもありますが、創業融資として資金調達を行うと、融資を返済できるようなビジネスモデルの展開も併せて銀行側から求められるため、利用する際にはその点への注意が必要です。
日本ではまだ少ないですが、この段階では、エンジェル投資家による投資も有効な手段です。
最近は、ベンチャーキャピタルや投資ファンドの中にも、シード期から資金提供してくれるものも増えてきています。
シード期の調達においては、後述する「資本政策」が特に重要となります。
シード期の比較的少額な投資を受ける際に資本政策で失敗すると、後々の資金調達にかなり悪影響を及ぼすことがあり、場合によってはその後の資金調達が困難となり、会社の生死を左右することもあります。
アーリー期
シード期に練りこんだビジネスアイデアやプロダクトを、実際に事業活動に乗せてみてビジネスとして実地展開し、実際に収益事業として成り立つことを検証する時期です。
いわゆるPMF(プロダクト・マーケット・フィット)と呼ばれる、市場に受け入れられ、ビジネスとして成立しうることを証明する段階までの間を指します。
ベンチャー投資の世界では、一般的にアーリーないしはシリーズAと呼ばれる時期になります。
この段階では、実際の事業展開として必要となる資金が加速度的に増加していく局面であり、事業単体でのキャッシュフローもまだマイナスであることが多いため、資金調達の実現状況が、事業の展開に大きく影響してくる時期でもあります。調達金額も数千万~2・3億円とシード期と比べて比較的大きめになるため資金調達の難易度も上がり、調達活動の巧拙が現れる局面でもあります。
この時期の調達では、調達金額の組み合わせによっては、日本政策金融公庫による資本性ローン(後述)を利用することも、有効な手段の一つです。
ミドル期
PMFを達成し、そのビジネスを大きく展開していく期間となります。
ベンチャー投資の世界では、いわゆるシリーズB・C等と言われる時期です。
この段階では、事業収益としては本質的には成り立っているものの、より成長の加速度を上げ続けるために、さらに多額な資金を必要する時期であり、ビジネスモデルによっては数十億円~数百億円単位での大型の資金調達が必要となる局面です。
事業計画と資金調達の巧拙が事業の展開スピードを大きく変えることになり、ファイナンスの重要性が最も高まる時期であります。
IPO等による資金回収の見込みが明確になり始める時期であることから、ベンチャーキャピタルによる投資が積極的になり始める時期でもあります。
レイター期
事業としては、完全に採算ベースに乗り、上場に向けて、ラストスパートをかけている段階です。
この時点では、資金そのものの必要性と合わせて、より確実に上場できるようにすることと、上場後の安定株主対策等も見込んで、資金調達を行うこととなります。
シリーズD~プレIPOと呼ばれる投資の対象となります。
この段階では、資金回収の見込みがかなり明確になるため、各ベンチヤーキャピタルからも比較的容易に調達できる時期であることから、いかに企業側にとって有利な条件で調達するか、上場に向けて有効な資本政策となっているか、などが重要となります。
ベンチャー企業の調達にとって大切な「資本政策」
ベンチャー企業にとって、成長の段階に応じて、資金調達に対する考え方が変わってくる事は前述のとおりです。
ベンチャー企業が、各成長ステージで調達を行いながら、最終的な目標まで成長していくために大変重要な考え方があります。
それが「資本政策」です。
ベンチャー企業が、事業アイデアをもとに起業し(シード)、その事業アイデアを具現化したサービスを作り(アーリー)、そのサービスを順調に成長させ(ミドル)、最終的にビジネスとして成立させた上で今まで投下した資金回収を図る(レイター)、という成長サイクルを実現していくためには、その時々に必要な資金を確実に調達していく必要があります。
一方、事業のキャッシュフローからの返済が確実でない状況から、資金調達の方法としては、直接金融=株式の発行によるものが多くなっていきます。
直接金融による調達は、簡単に言えば、会社の持ち分を投資家に分配する対価として、資金を提供してもらうという関係になります。
その際、経営者サイドで所有する株式の割合が低下してくると、事業運営に対する自由度が減少していきます。
そのため、今後、自社のビジネスを展開していくにあたり、いつどのタイミングで直接金融によって調達するか、その際の調達金額と持ち分の放出割合はどうするか、最終的にどのような資本構成にして、どういう風にエグジット(株主の投資金の回収)をするか、を金額・スケジュールともに事前に計画しておくことが重要となります。そのような計画のことを「資本政策」と言います。
資本政策とは、具体的には、下記のような条件を事前に決定することとなります。
・調達時期
・調達金額
・調達方法
・調達する際の株価(一般的に「バリエーション」と言います)
・調達後の株価総額と、各株主の所有割合
・エグジットの時期とその時の株価総額
この資本政策を、事業の収支計画とその実現のために必要な資金計画を連動させて検討することで、事業を成長させるための資金を調達しながら最終的な自分たちがめざすエグジットに向けてどのように進めていくかをバランスさせた事業計画とすることができます。
これは特に強調しておく必要がありますが、資本政策は一度行った施策を取り消すことが極めて困難であるという特徴があります。
これは借入金と違い株式を譲渡するという関係性から、一度行った資金調達を解消するためには、資金を返済するだけではなく、相手方から資本関係の解消について個別に同意を得ていくことが必要だからです。
そのため、資本政策を実施する前には、最終形まで踏まえてよく検討した上で、具体的な施策を進めていくことが大変重要となります。
ベンチャー企業の資金調達方法にはどのようなものがあるか
上記のように、ベンチャー企業にとって、資金調達はとても大切なものです。
では、ベンチャー企業が資金調達をする方法には、どのようなものがあるのでしょうか。
以下では、ベンチャー企業に特有の資金調達方法について、簡単にご紹介します。
日本政策金融公庫(国民生活事業)からの融資
日本政策公庫の国民生活事業から受ける、通常の証書貸付による融資です。
ベンチャー企業であっても「創業」ステージの企業であれば、日本政策金融公庫(国民生活事業)で取り組んでいる、創業時の証書貸付の対象となる場合があります。
最初に事業を小規模にスタートして、その後に大きく成長に方向転換する、という場合には、有効な資金調達方法の一つです。
ただし、創業融資として資金調達をする場合には通常の中小企業と同様にすぐに収益が出る事業に取り組む必要があるため、自社の想定している事業モデルを一部変更しないと、審査に通らない場合があります。
同じ日本政策金融公庫でベンチャー企業の創業資金として調達をするなら、後述の資本性ローンでの対応の方が希望に合う可能性が高いです。
日本生活金融公庫(国民生活事業)の資本性ローン
同じく日本政策金融公庫(国民生活事業)からの借入金ですが、その対象となる事業と返済方法、利息の決定方法等が通常のものと異なります。
この資本性ローンは、以下のような特徴があります。
- 無担保で最大4000万円まで調達が可能
- 対象企業が、成長を目指すベンチャー企業や地域に不可欠な事業を行う事業者に限定
- 借入金の返済は期日一括返済でよく、借入期間も5年~10年と長期
- 利率は業績に連動して決定する(業績が良くなるほど金利が高くなる仕組み)
前述の日本政策金融公庫(国民生活事業)については、通常の間接金融による借入金と同等のため、資金調達をしたらすぐ返済ができる収支計画が必要となりますが、資本性ローンについては返済期限である5年後をターゲットとして、事業を成長させていく計画が求められます。
そのためには、事業計画上は一時的に赤字になることも許容されます。
エンジェル投資家による投資
資金を持った個人投資家(エンジェル投資家)から、株式の形で直接資金提供を受けるものです。
資金提供の金額には上限があるデメリットがあるものの、事業がアイデアレベルであっても投資が得られる可能性があること、後述の事業会社・VCと異なり、投資の時間軸がその投資家の価値観に基づくため投資した会社の実情に応じて柔軟に考えてくれることなどがメリットです。
また、通常は、もともと事業家やベンチャー経営者だった方がその資金をもって投資を行っているケースが多いこともあり、事業運営に対する経験と理解があること、経営にあたっての人脈が非常に豊富であることも、エンジェル投資家を利用する大きなメリットの一つでもあります。
ただし、前述のメリットは個人の資質による部分も大きいため、利用するにあたっては、資金面だけでなく、その投資家の性格・資質・交友関係・資産背景等も含めて検討することが必要です。
エンジェル投資家から投資を受ける場合には、株式の第三者割当増資により、会社が発行する株式の対価として投資金を受け取る形が一般的です。
ベンチャーキャピタルからの投資
ベンチャー企業に投資してその成長を後押しし、成長後の企業価値に基づいて資金回収することを業として行っている企業をベンチャーキャピタル(VC)といいます。
このベンチャーキャピタルから投資を受けるのが、ベンチャー企業の直接金融による調達においてはもっとも一般的な形となります。
投資を受ける場合には、エンジェル投資家からの場合と同様に、株式の第三者割当増資によることが一般的ですが、ベンチャーキャピタル側からの条件に基づいて、特殊な条件が付与された種類株を発行するケースが多いです。
ベンチャーキャピタルといっても、独立系・金融系・地域限定系・業種特化型から様々な形態があり、実際の運営組織についても組織の規模・資金の規模・その特性(投資タイミング)・得意とする業種・支援のスタイル・要求するリターンの内容も含めて、きわめて多様です。
投資してから数年~長くても10年で、3倍~20倍程度のリターンを求めて投資を行います。運営する投資ファンドから投資する場合と、自社の自己資金で投資するケースがあり、それによって投資までの意思決定や判断基準も大きく異なります。
上述のように、VCによって、投資方針や規模・経営に対する関与・支援メニューが全く異なるため、自社にあったVCを選ぶことはとても大切です。
事業会社からの投資
ベンチャーキャピタル等の投資を目的とした会社からではなく、自ら事業を運営している企業から投資を受ける形態です。事業会社が直接投資する場合と、事業会社が運営するベンチャーキャピタルが投資する場合があります。事業会社が運営するVCのことを、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)と呼び、最近の投資市場においては、主要なプレーヤーの一角を占めています。
事業会社からの投資の場合は、純粋に投資としてのリターンを求めているのではなく、既存事業とのシナジー効果や、将来的に自社の戦略とのマッチングなどもあわせて、投資を検討することが特徴です。
そのため、純粋なVCでは投資判断が難しいケースでも、CVCであれば投資対象となる場合があり、大企業の資金余剰・低金利状況が継続している状況もあり、投資市場での存在感は増加傾向にあります。
メザニン融資
いわゆる融資と投資の中間的な形態で、劣後ローンなどのように、通常の融資よりも返済順位が劣後して大きなリスク負担をする代わりに、高い利回りや経営への関与を要求する形の融資となります。
直接金融だけでリスクマネーを調達できない場合や、ある程度融資の対象にはなるものの通常の融資だけでは必要資金が調達できない場合に、スキームを成り立たせるために補完的に使用するものとなります。
コンパーチブルノート
融資の形で資金提供するものの、将来的な株式への転換が可能な特殊な特約が組み合わされており、直接投資と同等のものとして行われるものです。シード期で利用されることを想定したものです。
直接投資で投資される場合に重要な指標となる企業価値(バリエーション)を固定せずに資金調達を行うため、投資家側のハードルを下げてシード期での資金調達が容易にする側面がある一方で、資金調達時点のバリエーションを固定しないため、将来的な交渉が不可避でもあるところが注意点です。
ストックオプション
ストックオプションとは、将来的な株式取得について、現時点で行使価格を定めてその権利を付与する仕組みのことを言います。株価が上昇した場合には将来的にキャピタルゲインが得られる可能性がある一方、株価が上昇しなかった場合には、行使する意味がなくなり、実質的に無価値となります。
ストックオプションは、資金調達に使うというよりは、現在の利害関係人に報酬として付与することで、現在発生する諸費用(人件費・業務委託報酬等)を低減させることで資金負担を減らし、実質的に資金調達と同じ効果を発生させるという性格のものです。
自社株の売却
株式を売却して資金化するものです。この場合、会社が所有している自己株式を利用する他、経営陣が所有する株式を売却するケースも含まれます。
経営陣が株式を売却する場合には会社に資金が入らないため、会社の資金調達として利用する場合には売却代金を会社に貸し付ける必要があります。