銀行から事業資金を借りることができる対象として、法人と個人事業主が存在します。法人と個人事業主とでは銀行から事業資金の融資をどちらのほうが受けやすいのでしょうか?
また、審査の観点に違いはあるのでしょうか?
目次
法人と個人事業主の違い
そもそも法人と個人事業主の違いとはどの点にあるのでしょうか?
法人とは法律上の人格
法人とは、人格はないが、法律上人格を認められ、法律行為を行うことができ、権利・義務を与えられたものを示します。
法人には、営利を目的とした株式会社もあれば、特定の目的のための医療法人や宗教法人や学校法人もありますし、株式会社とは正反対に営利と追求しないNPO法人も該当します。
どの法人も法人格で銀行から事業資金の融資を受けることはできますが、今回は一般的に法人融資を受けることが多い、株式会社を法人として説明します。
個人事業主とは事業を営む個人
個人でも自分でどこかから仕事を受けたり、農業を営んだりして事業を営むことができます。このような個人で事業を営んでいる人を個人事業主といいます。
個人事業主とは簡単に言えば、会社に勤務せずに自分でお金を稼いでいる人を示します。
個人事業主でも従業員を雇うこともできますし、事業の規模を拡大していくこともできます。
個人事業主でも事業資金を借りることができる
個人事業主も事業資金を借りることができますが、個人事業主が事業資金を借りるためにはどのような条件が必要になるのでしょうか?
確定申告を行っている事業者は事業資金の融資対象
建設業の下請けで仕事をしているとか、ライターやエンジニアなどフリーで仕事をもらっているとか、自分で仕事を取り、自分で仕事を営んでいる人は世の中にたくさんいます。
そのような人を個人事業主と呼ぶのですが、個人事業主が銀行から融資を受ける場合には「事業でこのくらいの所得を得た」という公的な証明が必要になります。それが確定申告書です。
確定申告とは税務署に、事業でいくらの売り上げがあったか、経費はいくらか、納税額はいくらかを自分で申告して納税を行うことです。
海外では、会社が源泉徴収を行わず、自分で申告するスタイルが一般的です。要するに、1年分の所得と経費と納税額を自分で申告するのが確定申告で、源泉徴収が一般的な日本では、確定申告は個人事業主が行うものとされているのです。
また、確定申告を行う際には「開業届」という書類も必要です。開業届とは税務署にどのような屋号でどこの住所で何の事業を営んでいるかを申告するものです。
銀行から個人事業主が融資を受けようとする場合にはこの開業届が必要になります。
確定申告書と開業届がある個人事業主は銀行から事業資金の融資を受ける対象となります。
法的に有効に事業を営んでいる個人事業主
個人事業主が銀行から事業資金の融資を受ける場合にはもう1点重要なことがあります。それは法的に問題なく事業を営んでいるかどうかです。
個人で事業を営む個人事業主の中には、行政から営業許可を得ずに事業を営んでいる人も中にはいます。
例えば飲食店であれば行政が発行する営業許可証が必要になります。
確定申告書と開業届の他に、行政による許可が必要な業種は許可証も銀行に提出する必要があります。
黒字であれば赤字法人よりも個人事業主のほうが融資は受けやすい
後述しますが、個人事業主であろうと法人であろうと、どちらのほうが銀行から事業資金の融資を受けやすいという区分はありません。
たとえ法人であっても赤字や債務超過であれば銀行から融資を受けられないこともあります。
むしろ、法人になると福利厚生費などが大きくなるため、利益が安定していない事業者は無理に法人成りすると、決算書が赤字に転落してしまうというようなリスクもあります。
利益が出ている状態であれば赤字法人より個人事業主のままのほうが銀行から事業資金の融資を受けやすくなります。
法人成りのメリット
では、個人事業主がわざわざ法人になるメリットはどのような点にあるのでしょうか?理由としては、銀行からの融資を受けやすくするというよりも、会社の内部的な事情によるようです。
相続税・所得税対策
個人事業主は、不動産も現金もすべて個人の資産です。利益が出た場合には個人の所得税となります。
一方、法人は資産も利益もすべて会社のものです。利益には法人税が課されます。
所得税は累進課税で、所得の額に比例して、税率も増えていきます。
所得税の税率は以下のようになっています。
195万円以下 | 5% |
195万円超330万円以下 | 10%(控除額97,500円) |
330万円超695万円以下 | 20%(控除額427,500円) |
695万円超900万円以下 | 23%(控除額636,000円) |
900万円超1,800万円以下 | 33%(控除額1,536,000円) |
1,800万円超4,000万円以下 | 40%(控除額2,796,000円) |
4,000万円超 | 45%(控除額4,796,000円) |
法人税の税率は以下のようになっています。
原則:23.4%
中小法人の軽減税率:所得のうち年800万円以下の部分に対しては15%、800万円を超える部分に対しては23.4%
ちなみに中小法人とは資本金の額又は出資金の額が1億円以下であるもの又は資本若しくは出資を有しない法人を指します。つまり、個人事業主が法人成りする場合にはほとんどが中小法人となります。
所得が1,000万円の個人事業主と中小法人の税額を比較してみましょう。
個人事業主:1,000万円×33%-1,536,000円=1,764,000円
中小法人:800万円×15%=1,200,000円(800万円以下の部分)
200万円×23.4%=468,000円
合計1,200,000円+468,000円=1,668,000円
このように、法人税は所得にかかわらず一律の税率が課せられるため、利益が出れば出るほど、個人事業主より法人のほうが税金の支払い額が低くなるというメリットがあります。
この理由こそ個人事業主が法人成りするための最も大きな理由です。
さらに、事業を拡大するにつれ資産は増えていくものですが、個人事業主の場合にはこれはすべて個人の資産となり、相続の際にはそこに相続税が課せられます。一方、法人の場合には利益が出て資産が増えていっても、その資産は法人の資産ですので、当該資産に対しては相続税が発生しません。
このように、規模拡大に伴う税金対策として法人成りするというのが、個人事業主が法人成りする理由の最も大きな理由です。
規模拡大
会社の規模を拡大しようとする際には、法人のほうがよいでしょう。法人には資本金というものがあるため、事業の内容や将来性に期待して、出資してくれる人に株式を発行して増資を行うことができるためです。
個人事業主は事業の資産はすべて個人の資産ですので、出資を受けるのが難しくなります。
大きな出資を受けて、企業の規模をどんどん拡大していきたい場合にも法人のほうにメリットがあるのです。
社会的信用性
個人事業主名義で商売をするより、法人名義で商売をしたほうが社会的信用性は高くなります。
筆者も自分で事業を営んでいて、個人名義の取引先に振り込むよりも、法人名義の取引先に振り込むほうがなんとなく安心感があります。
また、法人は決算内容を公表しており、当該法人のことを調べようと思えば、だれでも調べることができますが、個人事業主はそのようなことはしていません。
広く商売を行い、社会的信用性を得たいという事業者も法人成りしたほうがメリットがあるのです。
従業員の福利厚生
法人には社会保険に加入する義務があります。
加入は法人名義で行われ、従業員は会社に保険料の1部を負担してもらうことができます。
個人事業主の場合では、従業員が自分で全額国民健康保険料と国民年金保険料を支払いますので、厚生年金と健康保険に会社名義で加入できるほうが圧倒的にメリットがあります。
厚生年金の負担率は従業員負担8.560%、会社負担8.560%の折半です。
健康保険の負担率は従業員負担4.985%、会社負担4.985%とこちらも折半です。
このように従業員の福利厚生を目的として法人成りする会社も少なくありません。
お気づきかもしれませんが、法人成りすると個人事業主時代には負担しなくてもよかった従業員の健康保険や厚生年金の保険料を会社で負担しなければならなくなるため、事業者の負担は法人成りしたほうが大きくなります。この点が法人成りして決算書やキャッシュフローが悪化する原因でもあります。
個人事業主と法人では審査の視点はどのように異なる?
融資を受けられるかどうかそのものは法人でも個人事業主でも大きな違いはありません。しかし、銀行の審査の目線は少し異なるようです。
個人事業主と法人ではどのような点が審査の視点では異なるのでしょうか?
法人は会社と代表者の会計の区分が明確化
個人事業主は、自分の生活費なども事業の経費として計上してしまい、所得をできる限り少なくしている人が一般的です。
法人は、役員には役員報酬という形で給料を支払い、会社の経費は別に計上するのが建前ですので、会社の会計と代表者の生活費が区別されているという前提で審査を行います。
とは言え、マイクロ法人の場合には、代表者の生活費も会社の経費計上されていることが一般的ですが、銀行は区分されているという建前で審査を行います。
そのため、決算書に対する信用度が法人のほうが高いといえるでしょう。
逆に、生活費をすべて経費計上している個人事業主と、生活費と事業の経費が明確に区分されている法人が同じ利益だった場合には、実質的には個人事業主のほうがより多くの利益をだしていることが想定できるため、個人事業主のほうが審査で有利になることもあります。
法人は貸借対照表提出必須
法人は決算の際に貸借対照表の提出が必須です。
貸借対照表は、会社の資産がどの程度か、そのうち負債と資本金はどのくらいの比率で賄っているのかを明確に知ることができます。
個人事業主も貸借対照表を提出することができ、提出すると65万円の青色申告控除を受けることができますが、面倒で貸借対照表を作成していない事業者も多いです。また、作成している事業者も個人の住宅ローンが計上されていたりいなかったりと、そもそも個人会計と事業会計の区分が不明瞭な個人事業者の貸借対照表に信ぴょう性はそれほどありません。
法人の場合であれば、流動資産や固定資産、固定負債や流動負債が明確化されており、さらにその内訳まで知ることができます。
これにより、銀行は会社の安全性、収益性、成長性などを精緻に分析することができるため、決算書の信用度は法人のほうが高いといえます。
また、事業者にとっても、会社の状態を客観的に分析することができるというメリットもあります。
事業の内容が明確化されていれば個人事業主でも審査に影響はない
法人のほうが個人と事業の区分の明確化、貸借対照表の存在という点で、銀行にとっては審査を行いやすいというメリットがあります。
しかし、個人事業主でも、しっかりと貸借対照表をつくり、会社の経費と自分の生活費の区分をしていれば、何ら法人融資と比べて審査に不利になるということはありません。法人と同じように審査が行われます。
法人であっても個人事業主であっても銀行の事業融資というものは「事業の内容に対して」
融資を行います。
法人のほうがより事業の内容が見える化されてはいますが、個人事業主でもしっかりと事業の内容が見える化されていれば審査には影響ありません。
法人成りして決算書の内容が悪くなる場合は個人事業主のままのほうが融資は受けやすい
先ほど述べたように、法人成りしたほうが福利厚生費などがかさみキャッシュフローは厳しくなってしまいます。
法人の決算は自分でも行うことができますが、税理士に依頼する場合には、税理士報酬も発生します。
個人事業主はなんでもかんでも経費計上していますが、法人の場合には役員報酬は期初に決めなければならないため、自分の所得を圧縮して利益を少なくするということもやりづらい側面があります。
このため、無理をして法人になってもコストが膨らみ、決算の内容が個人事業主時代よりも悪化してしまうこともあります。
あくまでも法人成りの理由は上記に述べた必要性から行われるべきものであって、銀行融資を受けやすくするために行われるべきものではありません。
このため、法人成りして事業内容が悪化するのであれば、個人事業主のままのほうが融資は受けやすいかもしれません。
法人成り後の融資
法人成りした後、今まで個人事業主名義で借りていた借入金はどのようになるのでしょうか?
個人事業主名義での事業資金は法人名義へ債務引受の必要
個人事業主名義の事業性融資はすべて法人名義へ債務引受しなければなりません。
この際、個人事業主の住宅ローンや自動車ローンやカードローンなどの事業資金と関係のない融資については引き続き個人名義のままとなります。
債務引受自体の審査は形式上だけのものですので、債務引受の審査に落ちるということはありません。
ただし、記入しなければならない書類や用意しなければならない書類の数が多いため、手続き自体は煩雑です。
また、債務引受後の法人名義の借入金には法人代表者が連帯保証人となることが一般的です。
担保がある場合には登記も変更する必要あり
個人事業主が設備資金などの事業資金を借りていた場合には、個人事業主の不動産に担保が設定されていることがあります。
登記簿謄本に記録されている抵当権には「債務者」という記載があります。債務引受によって債務者が個人事業主から法人へと変更になりますので、登記簿謄本の債務者も個人名から法人名へ変更しなければなりません。
この際にも費用が発生します。
費用は司法書士によっても異なりますが3万円程度です。
個人事業主やマイクロ法人の銀行取引
個人事業主やマイクロ法人などの小規模事業者が取引を行う場合にはどの金融機関と取引をすべきでしょうか?
基本的には、どこの金融機関でも取り扱いがあります。
規模が小さい会社は地方銀行や信用金庫のほうが対応は細やか
規模が小さい会社でも大事な取引先として遇してくれるのは、規模の小さな地方銀行や信用金庫です。
メガバンクなどでももちろん取り扱いはありますが、小さな会社へは頻繁に足を運んでくるわけではありません。
小さな会社でも大事な取引先として扱ってくれるのは大きな会社との取引のない信用金庫や地方銀行ですので、わざわざ銀行へ行かなくても、担当者が銀行へ足を運んでくれるというメリットがあります。
また、銀行の取引先企業の集まりやゴルフコンペなども定期的に開かれることも多く、同じくらいの規模の会社の経営者と情報交換なども行うこともできます。
個人事業主やマイクロ法人でも政府系金融機関は活用できる
政府系金融機関である日本政策金融公庫などは中小企業向けの融資機関です。
そのため、むしろ個人事業主やマイクロ法人のほうが政府系金融機関の利用には向いています。
日本政策金融公庫は商工会議所の経営指導員とも密接に情報交換を行っていますので、経営に不慣れな個人事業主やマイクロ法人代表者が経営相談に行く流れの中で、融資相談を行うことができるようなシステムにもなっています。
民間金融機関が中小企業向けの融資を行う際に活用することが多い信用保証協会と、政府系金融機関の融資枠は別枠ですので、金融機関と政府系金融機関の双方を積極的に活用することで、資金調達の幅が広がります。