企業の資産と負債を示す貸借対照表には役員借入金と役員貸付金という勘定が存在します。
どちらも通常の貸付金や借入金とは異なる特別な意味を持つ勘定科目です。
役員貸付金や役員借入金はどのような目的で行われ、審査の際にはどのような意味を持つのでしょうか?
目次
役員貸付金とは?
役員貸付金とはその名の通り役員にお金を貸し付けた際に使用される勘定科目です。
貸借対照表上の資産科目
貸借対照表には、誰かにお金を貸し付けた際の資産の勘定科目として貸付金という勘定科目があります。
役員貸付金も資産に分類されます。
役員貸付金とは、貸付金のうち役員にお金を貸した際に発生するもの
貸付金はいずれは返済が見込める債権ですので、資産に分類されます。役員貸付金はこの貸付金の中でも、会社の役員に対してお金を貸し付けた際に用いられる勘定科目です。
わざわざ役員に対する貸付金だけ別の勘定科目を設けているのにはれっきとした理由があります。
役員貸付金の仕分け
役員に会社が現金100万円貸し付けた際の仕分けは以下のようになります。
借方 | 貸方 |
役員貸付金100万円(資産の増加) | 現金100万円(資産の減少) |
現金という資産を減少させて役員貸付金という資産を増加させたと考えればわかりやすいです。
役員貸付金はどのような目的で行われるのか
では、役員貸付金はどのような目的で行われるのでしょう?
単純に会社から役員へお金を貸した際
会社の代表者や役員が単純にお金が必要になり、一時的に会社からお金を借りた際にはこの勘定科目を使用します。
名目通りでは、このように会社から役員がお金を借りるという事例になるのですが、実際はこのような目的で役員貸付金が支払わることは稀で、実態は次の目的で使用されることが多いようです。
役員への給料の代わり
役員への給料の代わりとして、役員貸付金という勘定科目を使用する場合が多いようです。
なぜわざわざ、役員への報酬の支払いを「貸付金」という役員にお金を貸した形をとらなければならないのでしょうか?
理由としては以下の2点を挙げることができます。
① 費用勘定の役員報酬は利益を圧迫する
役員報酬を「役員貸付金」という勘定科目を使用せずに通常通り支払った場合の仕分けは以下のようになります。
借方 | 貸方 |
役員報酬100万円(費用の発生) | 現金100万円(資産の減少) |
役員報酬という役員に支払う給料は当然ながら費用として会社の利益を計算する損益計算書上に計上しなければなりません。
つまり、「役員報酬」という費用勘定の発生によって、この場合は100万円の経費が発生し、その分だけ利益が圧迫されることになります。
会社の決算をよく見せるためには、費用を圧縮して利益を多く出す必要があるため役員報酬という費用勘定で役員に給与を支払わずに、役員貸付金という勘定を使用して、資産勘定と資産勘定の交換という形にすれば、実態としては同じように役員に100万円を報酬として支払っても、費用を計上しなくて済みます。
このように、費用できる限り少なくして損益計算書の見栄えをよくするために役員貸付金勘定は多く使用されています。
② 役員報酬は期初に決めなければならないため経営上のリスクが大きい
役員貸付金が損益計算書上の見栄えをよく見せるために使用されることがある訳ですが、他の理由としてリスクマネジメントという意味合いもあります。
役員報酬は通常期首から2~3か月以内に行われる定時株主総会で決めなければなりません。
期首から間もない時期には、今期の会社の利益が最終的にどうなるかの見通しは立っていません。それは中小企業であればなおさらです。
売上や利益が最終的にどうなるのかも不透明な時期に先に役員報酬を決めてしまうのは、中小企業にとってはリスクが高いといえます。利益が出ない場合には会社は大赤字になってしまうかもしれません。
そのため、期首の段階で役員報酬を決めずに役員貸付金という勘定を使用すれば、たとえ期末に利益が出なくても、役員報酬が会社の収益を圧迫する心配はありません。
このように、役員報酬は通期の利益や売上を見通すことができない中小企業が、期末での利益の不透明さのリスクをカバーするために使用されることも少なくありません。
役員貸付金にも利息が発生
役員に貸したお金であっても、株式会社という営利を目的とした企業がお金を貸す場合には利息を計上しなければなりません。
役員貸付金の利息計算方法として以下の2つの方法が代表的です。
① 会社が銀行などからお金を借りて役員に貸し付けた場合、銀行から借り入れた利率により計算する方法
② 貸し付けを行った年の特例基準割合により計算する方法
特例基準割合とは、日本銀行が定める基準割引率や短期貸出約定平均金利をベースに計算した金利です。
直近の特例基準割合は1.8%となっています(2017年調べ)。
特例基準割合によって役員貸付金の利息を計算した場合仕訳は以下のようになります。
例)100万円を役員に貸し出し、役員から1年分の利息を受け取った場合の仕訳
100万円×1.8%=18,000円
仕訳
借方 | 貸方 |
現金18,000円(資産の増加) | 受取利息18,000円(収益) |
役員貸付金と銀行審査
役員貸付金は銀行の審査においてどのような視点で見られるのでしょうか?
返済されない役員貸付金は不良債権処理を行なう
銀行は最初に当該企業と取引する際や、新しい決算書が出来上がり企業から提出を受けた際には企業審査という企業の業況そのものについて審査を行います。
企業審査においては、当該企業の資産や負債や収益や費用が前期と比べてどの程度増えたのか減ったのかの審査を行っています。そのため、最初に銀行と取引する際には、決算書が3期分程度必要となるのです。
企業審査の際に、毎期毎期同じ金額で役員貸付金が計上されていた場合には、役員貸付金は返済される見込みがない不良債権であるという判断を銀行は行ないます。
この場合には、役員貸付金という資産を取り崩し、その分を費用化する特別損失処理を行います。
例えば、資本金が500万円の会社に合計1,000万円の役員貸付金が計上されていた場合、この1,000万円を全額特別損失処理すると、当期利益が-1,000万円となり決算上下記の数字が現れることになります。
資本金500万円-当期純損失1,000万円=-500万円
この例のように、企業審査を行う前の決算書では健全な企業のはずでも、銀行が役員貸付金について厳格な審査を行ない決算書を実態に近い状態に引き直した場合、一気に債務超過へと転落してしまうこともある訳です。
給与の代わりの役員貸付金は費用へ引き直す
銀行は審査の際に決算書の貸借対照表に計上されている役員報酬について、本当に役員が生活していけるだけの金額となっているかどうか審査します。
この金額があまりにも少なく、また、役員貸付金の金額が前期よりも増えている場合には、役員貸付金の増加分を役員への報酬とみなし、役員貸付金増加分を費用として引き直すこともあります。
例えば、銀行に提出する前の決算書では100万円の黒字であった企業が、500万円の役員貸付金増加分を銀行によって費用へと引き直されてしまう場合には、当該企業は赤字企業へと転落する場合があります。
いずれにせよ銀行の印象はよくない
役員貸付金は、損益計算書の見栄えをよくして、リスクマネジメントにもつながる一石二鳥の勘定です。
しかし、あまりに多用し、役員からの返済がなされないという状態が長期間続くと、自社の決算書では黒字で健全な財務状態に見えても、銀行が企業審査を行った結果として赤字・債務超過の決算書となってしまうことがあります。
「自分の会社の決算書は健全なのに、なぜ融資が出ないのだろう」と感じている社長もいると思いますが、銀行の企業審査の結果として、決算の実態が悪くなっているということも考えられるのです。
いずれにせよ、銀行からは多かれ少なかれ「実態とは異なり企業の内容をよく見せようとする粉飾決算に近い会社」「会社の経営者が自社の実態を把握しているかどうかが不透明な企業」という目線で見られることになってしまいます。
役員貸付金勘定は銀行にとって印象はよくない勘定科目であるというリスクを承知しておきましょう。
役員借入金とは
役員借入金とは、会社が役員からお金を借りた際に使われる勘定科目です。
これは会社にとっての負債です。
会社の貸借対照表には内訳があり、どこからいくらの借入があるのかを明確化しなければなりませんが、役員借入金は、銀行などからお金を借りたという借入金とは別の意味合いを持ちます。
個人資産を会社につぎ込む場合に行われる
中小零細企業は会社社長の個人会計と、会社の会計が同じになっている企業が少なくありません。
また、中小企業の社長にとって、会社と自分は一心同体で、社長は会社の従業員への給料や取引先への支払いを行う際に、会社へ自分の個人資産を貸し付けて、そのお金を会社の支払いに充てることも決して珍しい話ではありません。
役員借入金は何らかの理由によって、役員の個人資産を会社へ貸付けた場合に使われる勘定科目なのです。
なぜ役員借入金が問題なのか
短期的に社長の個人資産を会社へ貸し付け、会社へ入金があった際に会社から返済してもらうという貸付金であれば何も問題ありません。
むしろ、他の金融機関からの借入金と区別できるため、役員借入金勘定は有効に活用できます。
増資の場合には会社から取り戻すのが困難
昨今の不景気によって、社長が会社へ個人資産を貸し付けても、実際には一度に返済されないことが当たり前です。
このような場合に、通常は会社の株式を増資して、社長は個人資産と引き換えに株式を入手する増資という手続きをとることが本筋です。
しかし、一度増資を行なってしまうと、会社社長が会社へ貸し付けたお金を手元に取り戻すことは困難になります。
一度資本金に組み入れられたお金を取り崩そうと思った際には、減資という手続きが必要になります。
会社法では資本の流出を伴う減資では、定時または臨時株主総会での特別決議が求められます。
また、減資を行うと、当然ながら当該企業の資本金は減少しますので、場合によっては減資を行なったことによって債務超過となってしまう場合もあります。むしろ、役員からお金を借りなければ会社が回らない中小企業においてはそのようなケースの方が多いかもしれません。
このように、一度資本金に組み入れてしまうと、減資を行う際に手続きが煩雑であることと、減資を行ったことにより、決算書が大幅に悪化してしまうリスクがあります。
このため、会社へ個人資産を投入する際には、出資したという実態であっても、出資したという形をとらずに、会社へお金を貸したという形をとるために「役員借入金」という負債勘定を使用するのです。
借入金の返済として会社から給料を受け取ることが可能
役員借入金勘定がある会社がよく使う方法として、役員への給料を「役員報酬」という費用を使わずに、役員借入金の返済金として支払うという方法です。
この方法を使用すれば、役員借入金の返済を行うことができると同時に、役員への給料を支払うことができますし、費用勘定を使用しないので収益を圧迫することもありません。
また、役員としても収入ではなく返済金ですので所得税がかからないというメリットもあります。
役員借入金と銀行審査
役員借入金は銀行審査ではどのように扱われるのでしょうか?
役員貸付金と同じように、役員借入金も企業審査において下記のように実態に直されることが一般的です。
長期間塩漬けの借入金は資本金勘定へ振替
数期にわたって「役員借入金」として計上されているものは、実態としては資本金と同じだという判断になり、役員借入金という負債勘定から資本金勘定へ銀行は振替えます。
これによって銀行の企業審査後の貸借対照表は、表面上は資本金が厚くなり負債は減少します。
自己資本比率が向上しますので、銀行にとって当該企業の安全性は高くなることになります。
役員借入金減少分は役員報酬として費用計上
役員借入金を資本金へ振り替えたことにより、会社の資本金は厚くなります。
しかし、いいことばかりではありません。
役員借入金の返済として役員に給料を支払っている企業は、役員借入金の返済分を「役員報酬」という費用へと振替えますので、会社の損益計算書は役員報酬が増えた分だけ圧迫されることになります。
これによって、黒字であった企業が赤字へと転落する場合もあります。
実態として、役員が会社へ貸したお金は出資ですし、返済金として役員に支払うお金は役員報酬という費用です。
銀行は企業審査においてこの実態を洗い出すのです。
役員貸付金よりもマイナス要因とはならない
役員借入金を実態に引き直しても資本金に振り替わり、貸借対照表の状態は基本的には良化します。
役員貸付金は、不良債権処理を行なうことで収益が圧迫され、場合によっては資本金が減少します。
そのため、銀行の印象としては役員貸付金がある会社より役員借入金がある会社の方が、マイナス要因は少ないといえるでしょう。
ただし役員借入金がある会社も、役員の個人資産を会社へ入れなければならないという時点で、会社の状況が少なくとも良好ではないことは間違いないため、いずれにせよ、銀行の印象はよくないと考えたほうがよいでしょう。