昨今は、中小企業の事業承継について、社会的な関心が高まっています。実際の事例と、事業承継を上手に進めるポイントを整理した上で、事業承継のために信用金庫をどう利用すべきかを説明します。また、現在は事業承継を支援するための情報発信や制度が様々に整備されているため、その概要についても説明します。
目次
実際にあった事業承継の事例
まずは、実際の事業承継の事例を、上手く事業承継できたケースと上手く事業承継できなかったケースにわけて紹介します。
上手く事業承継できたケース
事前の対策の必要性に気づき、事前に以下のような対策をした結果、事業承継に成功した事例には、以下のようなものがあります。
a.並走期間を十分に取り、円滑に事業承継を行ったケース
工場設備の建設業
代表者が高齢化する中、早い段階から後継者指名を行い、社内で代表者を育成。
2代表制で社長・会長を並走させ、息子は社長として顧客を担当する一方、財務面は会長が担当し、経営に対する指南をしながら、実質的な対外窓口を息子にシフトしていった。
b.兄弟で事業を分担し、円滑な事業承継できたケース
鉄加工業を営むA社は、技術力を背景に順調な業績を上げていた。
代表者が高齢化する中、計画的に事業承継に向けて取り組んでいる。
代表者には息子が二人いるが、後継ぎは長男として早々に指定するとともに、次男には財務面をまかせる体制とした。また、社内の基幹事業が2つあるため、各事業の担当者として2人の息子を別々に指定。お互いに協力する体制を早くから築いた。
その期間中に税務面でも対策をすすめ、息子たちに資金力をつけることで、資産の移転を進めやすい環境を整備しました。
c.将来発生する相続を事前に考慮した上で、分割計画を立てたケース
複数の事業者による貸しビル業を営む。息子・娘がおり、長男への事業承継を検討しているが、相続に対する準備をすすめるため、財産分与に関する情報収集を開始。
自社の株価評価・相続税試算を早めに行い、金融資産とのバランスを確認するとともに、娘への財産分与として、どの程度が妥当かを早急に検討。娘に対しては、遺留分放棄について同意させるとともに、具体的な分与額を決定した。
d.行き詰っている事業を後継者がやっている事業に転換したケース
長年の業歴を有する食品製造業を営む。スーパーを主な販路として営業してきたが、売上・利益ともに伸び悩み、経営内容が悪化していった。資産背景はあるため、資産売却により借入金を圧縮するとともに、後継者が主体となって取り組んでいた新商品への事業転換を段階的に進め、個人直販型の健康食品事業と、食品要素技術の研究開発型企業として再生するとともに。事業を承継することに成功した。
e.時間をかけて技能伝承を図ったケース
郊外の住宅地エリアで注文建築を主体とする住宅建築業。昔ながらの在来工法と手間をかけた注文建築スタイルで安定した受注を有している。親方の技能伝承が大きな課題であり、早い段階から息子を後継者として現場で教育し、必要な技能と下請け業者との関係性を構築させ、緩やかに経営を移譲していった。
f.遺言を利用して、後継者同士の関係性を構築したケース。
郊外地で貸しビル業を営み、一か所に不動産を集中して有している。兄弟が3名おり、バブル期以降から相続対策として不動産の持ち分譲渡を継続的に進めていたが、逆に財産分与としては混乱が発生していた。
このままでは相続発生時に混乱が生じることから、貸しビルと所有不動産の最適利用計画を検討した上で、敷地利用権を大幅に再編し、さらに生前の公正証書遺言で財産分与の割合と、その分与方法を明確に指示。事前に兄弟間での協定書も締結し、相続時の混乱・係争を事前に防ぐ体制を整えた。
上手く事業承継できなかったケース
事前の対策をしていなかったことによる失敗や、事業承継対策が上手く機能しなかった事例は、以下のようなものがあります。
a.社長の突然の死亡で、事業閉鎖となったケース。
小規模経営の不動産業者。仲介・建売などである程度の案件を動かしていましたが、事業承継の対策を取っていなかったところ、社長が急逝。後継者となりうる妻・息子がおり事業継続も検討したものの、十分な準備ができず、結果として事業閉鎖することとなりました。
b.経営者の親族所有の株式の株価が上昇しており、相続発生時に争いが生じたケース
地場では有力な小売店チェーン。事業に関与していない現経営者の親族が所有する株式が存在していましたが、経営者への株式集約化などの対策は講じていませんでした。その後、その親族に相続が発生した際、業績が好調に推移していたことから取得時に比べ株価が大幅に上昇。相続人から相続税評価額よりも大幅に高い価格で買取要請があり、価格交渉にかなりの時間と対価を要することとなってしまいました。
c.M&Aを行うも、従業員の引継ぎが上手くいかなかったケース。
部門工事を主体とする建設業。大手の顧客から安定した受注を得ており業況は順調に推移していましたが、経営者の高齢化を要因として、別の事業会社にM&Aで事業売却しました。その後、事業を購入した事業者と従業員との間での関係性に問題が発生し、退職した従業員が別会社を設立して競合することとなってしまいました。
事業承継を上手に進めるためのポイント
事業承継を上手に進めるためには、必要なことを明確化し、時間がかかっても確実に進めていくことが必要です。では実際にどのように進めていくべきか、後述する「事業承継ガイドライン」でも紹介されているステップに基づいて、ポイントを説明します。
①事業承継計画の作成
まずは、自社の事業承継をどのようにして行うか、そのビジョンを明確にすることが必要です。
経営主体を引継ぐ相手先だけを考えても、子供・親族、従業員、外部の事業者と多岐に分かれています。また、会社の経営権を引き継ぐ方法だけを考えても、経営も親族で行い会社の株式を相続するケース、経営は人に任せるが株式は経営者一族が保有するケース、株式を売却して全てを譲るケース(特定の事業だけを切り出して売却するケースを含む)などがあります。さらに、事業用不動産の所有権、借入金の規模とその内容、事業の内容、従業員の雇用継続、社内ノウハウの継承、特許の有無など、多岐にわたる検討事項と選択肢があり、どんな企業においても、事業承継を考える場合にはその特性に応じてオーダーメードで考える必要があります。
どの企業においても、事業承継するのにどうしても懸念になる難題が最低でも一つはあり、その難題を解消できるかどうかが成否を分けることがあります。
そのためにも、まずは自社の状況や強み・弱みを整理し、どのように事業承継を実施していくか、その方向性をしっかりと見定めるのが何よりも重要です。
②後継者の決定
その中で、「後継者」を早期に定めることが重要となります。後継者を誰に設定するかによって、その後のアクションプランが大きく変わるからです。
中小企業の場合、後継者は基本は親族内から考えるケースが多いと思います。
ただ、親族が前向きでない、能力・資質面で困難、という場合には、社内の役員・従業員も候補とすることが必要となります。
それも難しい場合には、社外の人材に頼らざるを得ない場合もあります。その場合、所有を維持したままで外から経営者を受け入れる場合と、経営権自体をM&Aで売却する場合があります。
③資産の承継
また、事業用資産をどのように引き継ぐかも重要な要素となります。
事業用資産を引き継ぐためには、相続・売買という方法があります。
相続の場合には、後継予定者にどのように事業用資産を集中させるか、相続時に他の相続人ともめない形を用意できるか、相続に伴う負担(=相続税)をどのように担当させねか、が大きな問題です。相続の円滑化には、相続税・遺言・遺留分・資金計画などの総合的な対策が必要となります。退職金制度の活用なども重要な手段の一つです。
売買で事業用資産の引き継ぎには、引き継ぐ側に資金がいるので、その資金を調達する方法と、調達資金の返済方法が問題となります。具体的には、引き継ぐ側の資金調達しやすい環境をどうつくるか、売却する側の納得できる価格をどうつくるかのバランスが必要となります。場合によってはM&Aに対する高度な知識が必要となります。
④知的資産の承継
さらに、企業にとって大事なものの中には、実物としては見えない「知的資産」もあります。
「知的資産」とは、事業承継ガイドラインの中では、「従来の貸借対照表上に記載されている資産以外の無形の資産であり、企業における競争力の源泉である、人材、技術、技能、知的財産(特許・ブランドなど)、組織力、経営理念、顧客とのネットワークなど、財務諸表には表れてこない目に見えにくい経営資源の総称」と定義されており、経営理念をはじめとして会社内で培われたノウハウや従業員の技術・技能、特許や許認可など、会社経営には必要であるが、一朝一夕には築くことのできない、様々なものを指します。
これらは会社を従前どおりに運営していくためには不可欠なものであり、事業承継によって、経営者・資産などが変動する中、いかに「知的資産」を上手く承継していくかを検討することが必要です。
⑤パートナーの確保
①~④で見てきたような様々なことを、事業承継を初めて行う経営者が全て完璧にこなすのは、極めて困難です。
しかしながら、事業承継はその会社にとっては数十年にとって一度の大事業であり、失敗が許されません。
そのため、このような難題を企業側の立場になって相談に乗ることができ、かつ対策を具体的に指南してくれるパートナーをいかに探すということも、事業承継を確実に進めるためにはとても重要かつ難しい問題です。
事業承継のサポートとして、信用金庫に何を期待できるか
信用金庫は業務の一環として、定期的に顧客の会社を訪れており、代表者・経理担当者だけでなく、役員、従業員、親族とも面識があり、会社の実情や雰囲気も把握しています。
そのため、事業承継計画の前段として、この会社をどのように承継していくべきか、について気軽に相談し、第三者的な意見をもらうには適した金融機関です。
また、信用金庫は地域限定の中小企業専門金融機関であることから、事業承継の相談に積極的に対応しています。それは、地域限定であることから地域外に自社の成長要因を求めることができないため、地域の中小企業の成長が、そのまま信用金庫の成長につながるためです。そのことから、信用金庫は中小企業の事業承継には積極的に取り組んでおり、規模の大小やM&Aの有無にかかわらず、事業承継に対する相談に積極的に対応する金庫も多く存在し、ある一定規模以上の信用金庫では、本部に専門の担当者を置き、事業承継の幅広い相談に応じられる体制をとっています。
信用金庫の中央団体である全国信用金庫協会においても、事業承継に関する信用金庫職員向け研修を定期的に実施し、各地の信用金庫担当者の相談能力の向上を図っています。
そのように信用金庫が事業承継への相談能力向上に努める中、特に信用金庫の助力を期待できるのは、以下のようなこととなります。
①事業承継計画を検討する。
前述のように、信用金庫の職員も、事業承継に向けた勉強をしているケースも多く、本部担当部署のサポートも期待できるため、事業承継計画を一緒に考えされることが期待できます。定期的に担当者が訪問してくれるのも利点であり、承継を実行に移した際に、その悩みや迷いを共有し、事業承継計画の実行を適切に支えてくれることも期待されるところです。
ただし、信用金庫の職員間でも知識や力量・熱意の差は歴然とあるため、自分の担当者が本当に相談に値する相手か、支店の上席や本部の担当者なども含めて適切なコミットを継続してくれるかどうかは、経営者側が見極める必要があります。
②助言してくれるパートナーを探す。
また、事業承継の実績のある専門家(弁護士・税理士・コンサルタントなど)や、そのような専門家の情報を持っている支援機関などとも連携していることも多いため、前段でも述べたように、きちんとサポートのできるパートナーを見つける一助となることが期待できます。
③M&A・外部経営者の招聘のサポート
多くの信用金庫は、中小企業のM&Aを得意とする日本M&Aセンターとの提携を行うなどの方法により、外部に対してM&Aを行う際も支援できる体制も整えています。実際、取り組みが活発な信用金庫においては、地域の中小企業同士のM&Aの成約に注力しており、毎年一定数の成約実績を上げているところもあります。
信用金庫に対する相談の中で、親族内承継よりは外部への働きかけをしたい場合には、このような提携先を利用するとともに、信用金庫の地域内におけるネットワークや、信用金庫業界全体を通じた地域外とのネットワークを通じて、希望する経営者・会社に接触するチャンスがあることも、期待できるポイントです。
事業承継を支援する制度等について
最後に、現在、事業承継を支援するために行政サイドから提供されている情報や制度について簡単に説明します。
事業承継ガイドライン
中小企業庁が発行している「事業承継」についての全体像を説明したガイドラインです。
事業承継の類型を、親族内承継、役員・従業員承継、社外への引継ぎ(M&A等)と3つに整理した上で、事業承継という行為の構成要素を人(経営)の承継、資産の承継、知的資産の承継という3要素に分解した。その上で、事業承継のステップを5段階に整理し、その具体的手法や考え方について整理してある。また、ポスト事業承継としての後継者が行うべき取り組みや行政の施策も整理してあり、事業承継の問題点と解決策を理論的・体系的に考える上で重要なガイドラインとして機能させることを目的としたものです。
平成18年に一度制定されていましたが、中小企業の事業承継問題が深刻化し、大きくクローズアップされたことを背景に、平成28年に大幅改正されています。
事業承継診断票や事業承継自己診断チェックシート、事業承継計画の様式なども付録として掲載されており、実務的にも十分利用できる資料です。
事業承継マニュアル
事業承継ガイドラインで紹介された事業承継の5つのステップを分かりやすく解説するとともに、事業承継計画の策定方法計画やそのステップをすすめるための手法・事業承継計画の記入例について紹介されています。
また、事業承継を成功させるためのアクションを、6つのテーマにまとめて整理し (後継者の選び方・教育方法、M&A、経営権の分散防止、税金負担対策、事業承継で必要となるお金、債務整理・個人保証への対応)、具体的なアドバイスを掲載しています。
他にも、事業承継の相談するための窓口や、自己診断チェックシートなども掲載されており、事業承継の知識のない人でもある程度の理解と対策へのアクションを起こせるような内容となっています。
事業承継補助金
事業承継をきっかけとして、経営革新や事業転換を行う場合に、必要金額の2/3(上限200万円)を助成する補助金です。その際、リストラ(事業所の廃止、既存事業の廃止・集約等)を含む計画の場合は、上限が300万円上乗せされます。
なお、この補助金を利用するためには、一定程度の知識や経験を有した者(中小企業庁が定める一定の要件に該当すること)が後継者であるとなること、認定支援機関の確認を受けていること、が条件となります。
事業承継と税制・納税猶予制度
事業承継にあたり、後継者(平成27年1月以降は親族外の後継者も対象となります)が相続・遺贈・贈与を受けた自社株式について、以下のような要件に該当する場合、後継者が取得した自社株式の80%相続税・贈与税の納税猶予が受けられる制度です(上限は既所有分も含めて株式総数の2/3)。節税効果の大きい制度ではありますが、多くの要件に該当することが必要であり、利用する際には十分な検討が必要です。
a.会社の主な要件
・資本金、従業員数が定められた基準内であること(基準は業種により異なる)
・上場会社、風俗営業会社でないこと
・従業員が1名以上
・資産保有型会社等でないこと
b.先代経営者の条件
・会社の代表者であったこと
・相続開始・贈与直前において親族で過半数の株を有し、かつ筆頭株主であったこと
・贈与税の場合は、贈与時に代表者を退任していること
c.後継者の要件
・相続開始、贈与時に後継者およびその親族が株の過半数を有し、かつ筆頭株主である
・相続開始の直前に役員であり、相続開始から5年以内に代表者となっていること
・贈与時に20歳以上、贈与の直前に3年以上役員であり、かつ代表者であること
d.納税猶予を受けられる要件
以下の条件を満たしている場合には、納税が猶予される。
(5年間)
・後継者が会社代表者であること
・雇用の8割を5年間平均で維持する
・後継者が筆頭株主
・上場会社、風俗営業会社でないこと
・猶予対象株式を継続保有している
・資産保有型会社等でないこと
(5年経過後)
・猶予対象株式を継続保有している
・資産保有型会社等でないこと
e.利用するためのその他要件
以下の時期までに都道府県庁に申請を行い、認定をうけることが必要です。また、この制度を利用するためには「納税猶予額+利子税額に相当する担保」が必要となりますが、この制度の対象として相続・贈与した非上場株式そのものを担保とすることもできます。
・相続の場合:相続開始後8か月以内
・贈与の場合:贈与の翌年1月15日
f.制度改正に向けた流れ
平成29年度税制改正において、従業員要件の緩和が行われたり、相続時精算課税との併用も可能になったりしたため、より使いやすい制度となっています。
しかしながら、まだまだ要件が多く使いにくいため、昨今の事業承継に関する社会的な危機感を背景として、中小企業庁としてもより一層の要件緩和を財務省に要求しています。新聞報道によると、要件の緩和の他、対象株数の上限の撤廃や後継者以外の利用解禁などより使いやすい制度への改正が検討中といわれており、近く発表される平成30年度税制改正大綱にどのような形で盛り込まれるか、注目されています。