日本企業の99%以上は中小企業と言われています。
日本は中小企業の国と言われていますが、まさにその通りです。
しかし現在、中小企業の国であるわが国日本は、その屋台骨を支える中小企業が存続の危機に瀕しています。
後継者がいなくて、存続の危機に瀕している中小企業が数多く存在しているのです。
最近は、国を挙げて中小企業の事業を次の経営者にバトンタッチして、事業を承継する事業承継についての取り組みが行われています。
事業承継を取り巻く問題はどのようになっているのでしょうか?また、事業承継を円滑に進めるにはどうすればよいのでしょうか?
この記事では、現在の日本の事業承継問題や、具体的な事業承継の解決方法や私が銀行員時代に見てきた事業承継の問題点などについて説明していきたいと思います。
目次
事業継承の問題点
事業承継はどのような原因として困難になっているのでしょうか?
具体的には以下の4点を理由として挙げることができます。
人口減により働く人口の減少、次の社長候補を育てられない
昨今の人口減少によって、中小企業で働く人の額が減少しています。
従業員数30名未満の小さな企業で働く人の数が1996年には1,735万人であったのに対して、2015年には1,523万人へとこの20年間で200万人以上減少しています。
中小企業であるはずの我が国日本は2014年には従業員数500名以上の大企業の従業員数が逆転し、2015人の従業員数500人以上の従業員数は1,565万人と小規模企業の従業員数を40万人上回っています。
大企業でさえ「人が足りない」と人材獲得競争を繰り広げているのですから小さな会社はさらに人が足りないことがよくわかります。
このような人員的にタイトな中、後継者を育てている余裕がないというのが後継者不足の原因でしょう。
事業承継を始めるのが遅すぎる
2016年の小規模企業の経営者の平均引退年齢は70.5歳、中小企業の経営者の平均年齢は67.7歳です。
30年以上前は62.6歳、中小企業の経営者が61.3歳であったことに比べて明らかに高齢化しています。
また、現経営者が事業承継した時の平均年齢は50.9歳です。
これらの経営者は承継した時期が7年程度早い方がよかったという調査結果があります。
今、後継者が見つかっていない70歳前後の経営者の子供は平均的に40代になっています。
他の会社に勤務している人が、会社を退職して家業を継ぐとしても、あまりにも時間がなさすぎます。
子供が30代の間に事業承継を考えてこなかった経営者が引退を考える年齢になってから事業承継に焦り初めても遅すぎるという実態があります。
自分が経営してきた訳ではないのにいきなり多額の借金を背負わされる。
2014年の中小企業の借入金の依存率は長期・短期借入合わせて41.4%%となっています。
経営に必要な資金調達の実に4割以上を銀行借入の依存していることが分かります。
法人が銀行融資を受けるには、中小企業の場合には、経営者が連帯保証人となること一般的です
連帯保証人とは、借主と全く同じ返済義務を負う法的な立場ですので、経営者を連帯保証人とすることで、会社名義で借りたお金を経営者が持ち逃げしてしまうことがないように、また、経営者が借りたお金に対して責任を持って経営に励むようにする意味から、日本では歴史的に経営者の個人保証ということが、法人融資の際には行われてきました。
この経営者保証がある借入金を残したまま、事業承継を行うと、通常は新しい経営者が連帯保証人となるように銀行は求めてきます。
しかし、新しい経営者からすれば、自分が作った借金でもない借金についての返済義務を背負わなければならないことになってしまいます。
中小企業は借入が難しい
近年、中小企業の借入金自体は減少傾向にあります。
資金調達方法のうち、どのくらいの比率を借入金が占めるのかを示す借入金依存度は54.3%であったのに対して、2014年は41.4%まで下落しています。
これは、中小企業の経営が楽になり、自己資本で経営ができるわけになったというわけでは必ずしもありません。
中小企業への貸し出しが鈍っているのです。
1993年を100と見たときに2015年は72.3%しか融資がありません。
一方、大企業は1993年比95.0%まで回復しています。
大企業はリーマンショック時の危機救済のために融資量が増加している一方、中小企業はリーマンショックを挟んでも融資量が伸びていません。
参考:http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H28/h28/html/b2_5_1_1.html
中小企業は、お金を借りても経営者保証がつきまとううえに、銀行から円滑な資金調達ができないとあっては、承継に2の足を踏む後継者も多いというものです。
事業承継に対する対応
事業承継に対する対応は公的または民間で様々な取り組みが始まっています。
事業承継ガイドラインの策定
中小企業庁は2016年12月に事業承継ガイドラインを策定しました。
事業承継ガイドラインでは、事業承継に必要な取り組みを以下の5つのステップに分けています。
1.事業承継への準備の必要性認識
2.経営状況等の把握(⾒える化)
3.経営改善(磨き上げ) (親族内・従業員承継)
4.事業承継計画策定・マッチング実施
5.事業承継の実⾏
また、事業承継への具体的な取り組みや経営者の事業承継への意識向上のために、事業承継診断書という診断ツールも作成しました。
さらに、中小企業の事業承継のために地方自治体の商業組合、金融機関、商工会議所、金融機関等が経営再生、経営支援、事業再生、事業承継などの専門家と連携して、中小企業の線体制を強化していく仕組みの構築も発表しています。
まだ、策定されてから数か月の取り組みであり、具体的な成果を上げるところまでは行っていませんが、今後はさらに中小企業の事業承継への取り組みは拡充されていくことになるのではないでしょうか?
事業承継への補助金
国は事業承継への補助金の交付も行っています。
事業承継を契機として経営革新等や事業転換を行う中小企業に対して、その新たな取組に要する経費の一部を補助するという内容となっています。
対象となる企業は以下の1~3を満たす人です。
1.平成27年4月1日から、補助事業期間完了日(最長平成29年12月31日)までの間に事業承継(代表者の交代)を行った又は行うこと
2.取引関係や雇用によって地域に貢献する中小企業であること
3.経営革新や事業転換などの新たな取組を行うこと
(中小企業庁HPより抜粋http://www.chusho.meti.go.jp/keiei/sogyo/2017/170508sogyoshoukei.htm)
補助の内容は以下の通りとなっています。
補助率:2/3以内 補助金額の範囲は以下の通りです。
①事業所の廃止・既存事業の廃止・集約を伴わない場合
100万円以上200万円以内
②事業所の廃止・既存事業の廃止・集約を伴う場合
100万円以上500万円以内※
※経営革新等に要する費用として上限200万円
事業所の廃止等に要する費用として上限300万円
親の事業を承継し、新たな事業を始めようとする後継者を国が補助金という形で後押しするという取り組みとなっています。
なお、本補助金は6月で終了していますが、このような取り組みは毎年行われているため、詳しくは中小企業庁へ問い合わせと行ってください。
日本政策金融公庫の融資制度
公的な金融機関である日本政策金融公庫は事業承継に関する以下の融資制度を取り扱っています。
対象となる人は以下の5つのいずれかに当てはまる人です。
1.中期的な事業承継を計画し、現経営者が後継者(候補者を含む)と共に事業承継計画を策定している人
2.安定的な経営権の確保等により、事業の承継・集約を行う人
3.事業の承継・集約を契機に、新たに第二創業(経営多角化、事業転換)または新たな取組を図る人
4.中小企業経営承継円滑化法に基づき認定を受けた中小企業者の代表者
5.事業承継に際して経営者個人保証の免除等を取引金融機関に申し入れたことを契機に取引金融機関からの資金調達が困難となっていて、公庫が貸付けに際して経営者個人保証を免除する人
融資限度額は7億2千万円。
金利は最優遇金利で0.81%と非常の優遇された金利で必要な資金を調達することができます。
このように、国は、制度面の他、補助金や融資制度などの様々な形で事業承継を後押ししています。
また、国の取り組みの方向性として、親の事業をそっくりそのまま引き継ぐよりも、後継者の若く新しい観点から、第2創業のような新しい事業や経営の多角化を親と一緒になって拡大していき、その後、経営に慣れたころに親の事業を承継する方向性へと促したいという狙いがあるようにも思います。
経営者の個人保証の見直し
先ほど述べたように、法人融資の際には、経営者の個人保証が事業承継の妨げになっているという側面があります。
このような問題点を見直すため、国は「経営者保証のガイドライン」というものを2013年に発行しています。
経営者保証のガイドラインの中で、国は経営者保証について以下のように規定しています。
1.法人と個人が明確に分離されている場合などに、経営者の個人保証を求めないこと
2.多額の個人保証を行っていても、早期に事業再生や廃業を決断した際に一定の生活費等(従来の自由財産99万円に加え、年齢等に応じて100万円~360万円)を残すことや、「華美でない」自宅に住み続けられることなどを検討すること
3.保証債務の履行時に返済しきれない債務残額は原則として免除すること
これによって、①経営者と個人の会計が明確に分離されている場合には経営者に個人保証を求めてはならない②個人保証を行った借入金が返済不能となっても、生活の基盤を完全に壊さないようにすることなどの方針が国によって定められました。
これによって、事業承継の際に、必ずしも親の連帯保証人にならずに済む可能性や、仮に親が会社名義で作った借金の保証人になったとしても住む家は確保できるような安心が担保され、経営者保証による事業承継の問題点を少し解決したといえます。
経営者保証のガイドラインを受けて、信用保証協会では、経営者保証なしでの保証制度が登場しましたし、政策金融公庫でも経営者保証なしの融資制度が存在しています。
いずれの制度も、経営者の個人会計と、会社の個人会計が明確に分離しており、収益力の高い会社への融資に限られますが、少なくとも収益力の高い会社の事業承継が経営者保証が弊害となって不可能になるという弊害だけは避けられるようにはなりました。
銀行などでも事業承継セミナーなど開催
地方銀行などは特に事業承継に積極的になっています。疲弊する地方経済の中において、経営状態は良好であるのにも関わらず、後継者不在で中小企業が廃業してしまった場合には、銀行の営業基盤が少なくなってしまいますし、地域経済の活性化という地方銀行本来の役割を果たすこともままならないためです。
そのため、地方銀行ではて定期的に「事業承継セミナー」などを開催しています。
中小企業の後継者に集まってもらい、経営の専門家が第2創業や経営課題に関する講義などを行うというものです。
しかし、そもそも後継者の事業承継に対する意識が希薄になっているからこそ起きている事業承継問題ですから、いきなりセミナーの告知をしても集まってくれる後継者はほとんどいないのが現状です。
また、銀行としても外部から講師を呼んで、マスコミにセミナーの開催をプレスリリースして人が集まらないというのでメンツにかかわります。
そこで、取引先企業にすでに勤務している社長の息子さんに来てもらうというのが実態となってしまっています。
このような人たちは、すでに後継者として内定しているのですからわざわざセミナーに呼ばなくても事業承継に対する覚悟と意識は持っている人達です。
このため、実態としてこのセミナーにはほとんど意味がなく、銀行のメンツのためだけに開催されているという側面がかなりあります。
銀行員1人あたりに「何人集めろ」というノルマが課せられ、取引先の息子さんのところに行って頭を下げて参加してもらうというケース大多数です。
仕事は増えるし、良い顔はされないし、ずいぶん気が重いノルマであったことをよく記憶しています。
やはり、もっと国を挙げて補助金などの実利的な面から事業承継の対策を行っていかなければならないでしょう。
森長官になってから
バブル崩壊以降、銀行を震え上がらせてきた金融検査マニュアルは金融庁長官が森長官になってから廃止されました。
金融検査マニュアルとは、銀行がいかに不良債権処理に真剣に取り組んでいるのかということを評価する内容でしたが、銀行の不良債権処理がほぼ終了したことから、今後はいかに地域の中小企業の発展に寄与したかで銀行を評価するベンチマークという制度が導入されています。
この中で、事業承継支援先数という項目があります。
つまり、事業承継を何件支援したかによって銀行を評価するということです。
今後は、銀行は前述したような形だけの事業承継支援ではなく、本格的に事業承継に悩んでいる企業を承継できるように支援するような取り組みを行っていかなければならなくなるなるでしょう。
現実的にはどのような対応があるのか
国や地方自治体や金融機関も事業承継に対して様々な対応を行っていますが、具体的な実績はほとんど出ていない状況です。
このような事業承継に対して有効な打開策が見いだせていない中、現実的に事業を承継させていくためにはどのような方法があるのでしょうか?
継ぐ人材がいないのであれば事業を廃業してしまう
中小企業経営者の中にはやはり経営に関する苦労を子供に負わせたくないと考えている人が少なくありません。
そのような社長の中には、やはり会社をたたんでしまうという人が多いのも事実です。
「技術や信用は惜しいけれども仕方がない」と考えている社長さんが多いようです。
しかし、筆者が銀行に勤務していた経験からは、事業を閉じることができる会社はまだマシという場合が少なくありません。
つまり、借金が残っており、事業を閉じることが難しく、借金返済のために高齢になっても事業を継続しているという中小企業が少なくありません。
つまり、「閉じたくても閉じることができないのです。」このような経営が楽ではない会社を子供が承継したいと考えることは難しいと言えます。
筆者は、事業承継の際の親の借金の一部を国が補助金などによって負担するなどの、親の会社を継ぎやすい状況を作っていけば事業承継は自ずとうまくいくのではないかと思います。
息子・娘ほか親族に継いでもらう
最もうまくいくパターンとしては、子供やその他の親族などに継いでもらうという方法です。
しかし、この方法もやはり、承継時期の何年か前から後継者が会社へ入っているという状況でないとうまくいきません。
筆者が銀行員時代には、都会の大手企業を退職し、実家の事業を承継するという人がいました。
地方都市の中小企業に都会の洗練された会社で社会人としての価値を持ってきた人が入るのはなかなか大変です。
会社員時代には当たり前のように使っていた横文字のビジネス用語を使っても、地方の中小企業の従業員には分かりませんし、ベテランの従業員からは「生意気だ」ととられることもしばしばです。
また、いきなりポンと会社に入ってくる後継者は、通常はその会社の中でもトップクラスの高給取りとなります。
これは今まで会社に尽くしてきた古参の従業員には面白くありません。
せっかく子供が後継者となっても、後継者が従業員とうまくいかない場合があります。
さらに、親とうまくいかないこともしばしばです。
大塚家具の事例がよい事例ではないでしょうか?
子供は親を超えたいものですので、新しい価値観を入れようとする。親は今までのビジネスモデルを守りたがるということから、親子が対立することも珍しくありません。
経営者として育てるためには、別の会社に入り「他人の飯を食う」という経験は非常に重要であることは間違いありませんが、少なくとも承継時期の10年程度前には自分の会社へ戻しておかなければ、上記のような問題が生じてしまう可能性が高くなるのです。
親族以外の社員や外部人材に事業をついでもらう
社員を経営者にするということもよくある方法です。
ベテラン社員は今までの従業員との関係や、ノウハウなども熟知しているため事業自体を円滑に回すことはできます。
しかし、従業員同士の人間関係がしっかりとできていなければ、経営者に昇格した社員にその他の社員がついてこないという心配があります。
やはり、こちらも承継前の数年前には承継者を内定し、会社の中でも何となく「この人が新しい経営者になるんだな」という空気を醸成しておく必要があります。
また、最近では行政やコンサル会社や人材会社が、同業他社の大手企業を退職した人を新たな経営者として連れてくるという事例も存在します。
従業員とすればこれまで家族のように付き合ってくれた会社の経営者が全く見ず知らずの外部から来た他人になるわけですから反発は必至です。
しかし、経営努力や従業員とのコミュニケーションが認められて徐々に経営者としての立場が確立されていく様子が以前「ガイアの夜明け」というテレビ番組で取り上げられていましたが、やはりうまくいくケースとうまくいかないケースの両面があるようです。
第三者に会社を売却、事業承継のM&A
後継者がいずれの方法でも見つからない場合の、事業承継の方法としてM&Aというケースが存在します。
M$Aとは合併買収を示します。
中小企業の持つ技術や資産が欲しい買い手側と、会社を何とか存続したい中小企業の経営者のニーズがマッチした時に、会社の株式を譲渡するか、相手先企業の株式と交換するかななどの方法で、このままいったら廃業となる会社の従業員の雇用と技術を守る方法です。
M&Aは「売りたい企業」と「買いたい企業」のニーズがマッチングして初めて具体的な売買条件などの交渉を行うことになります。
このため、まずはマッチングに時間がかかり、マッチング相手が見つかった後は交渉にも時間がかかります。
少し大げさな事例ですが、東芝の半導体メモリーの売却交渉にかなりの時間がかかっているように、売却価格や売却条件などの交渉にはかなり手間がかかります。
通常は、この交渉は自分で行うことは不可能です。
弁護士、コンサル会社、会計士などに依頼するのが一般的です。
また、M&Aを専門に行っている弁護士事務所や会計事務所やコンサル会社では相談に行けば時間をかけてマッチングを行ってくれます。
銀行でも、以前からM%Aの相談やマッチングなどを行っていますし、先ほど述べたように、今後は金融庁の新方針によって、事業承継やM&Aにどの程度取り組んだのかも金融庁が銀行を評価する1つの基準となっています。
今後は今まで以上にM&Aに銀行は真剣に取り組むものと予想されます。
ただし、子供が承継するのを嫌がる企業ということは、現実的にはそれほど財務状況のよい会社ではありません。
このため、どの企業でもM&Aに成功するかといえばそうではなく、よほど優良資産を持っている会社や特殊な技術を持っている会社でない限りは現実的に中小企業がM&Aによって事業承継を行うということにはハードルが高いようです。
まとめ
子供が会社を継ぎたがらない、経営者も苦労を知っている分、子供へ承継を無理強いできないなどの理由から事業承継ができずに廃業に追い込まれる会社は数多くあります。
中小企業の国である我が国日本にとってはまさに危機的な問題で、国も、マニュアルの策定や補助金・融資制度の充実、経営者保証の見直しなどの様々な取り組みによって支援を行っていますが、やはりそれほど効果が出ていない状況です。
根本的な解決のためには、親の借金を子供に背負わせない、補助金の充実などで事業承継に関するさらなるインセンティブが必要です。
また、M&Aをさらに活性化させるためには、中小企業の持つ力や技術を世界中から分かるようにするデータベース化などの工夫も必要でしょう。
そして何より、事業承継は子供が行うのがベストと言われています。経営者は経営の大変さを子供に教えるのと同時に経営の魅力をもっと伝えていけるように、国や自治体を挙げてそのような取り組みを行って