2015年7月に金融庁長官が森信親長官へと変わりました。
これ以降、銀行の現場では激震が走っているといっても過言ではないほど、大きな返済が起きています。
金融庁長官変更に伴い、銀行の監督官庁である金融庁も180度の方針変換を行っています。
金融庁の方針はどのように変わったのでしょうか?また、今後、地方銀行はどこに行くのでしょうか?
目次
ベンチマークと事業性評価
森金融庁長官就任によって、金融検査マニュアルという不良債権処理で銀行を評価する方針から金融庁は大きく舵を切りました。
森金融庁長官から新たに示された行政方針の中に盛り込まれたのが、地方銀行が地方創生にどれだけ貢献しているかを評価するベンチマークの導入です。
単純に収益や安全性ではなく、地域の経済にどれだけ貢献しているかを銀行の評価基準とするという指標です。
銀行は、銀行にたいする重要業績評価基準として以下の3つを示しました。
①金融機関が主力とする企業の経営改善や成長力の強化
②持続可能性に懸念のある企業の抜本的事業再生等による円滑な新陳代謝の促進
③担保・保証依存の融資姿勢からの転換
また、同じく行政方針で金融庁は地銀が担保や保証ではなく、取引先の事業内容や将来性を見極めるように求めています。
これが事業性評価です。
金融検査マニュアルにおいては、銀行は不良債権を生み出さないことが至上命題でした。決算書という過去の情報をもとにその企業が優良先なのか不良先なのかを見極めて融資方針を決定する。既存融資先の業績が悪くなったら引当金を計上するというのが当たり前の銀行経営でした。
しかし、森金融庁長官就任以降、金融庁は地方銀行に対して、取引先の将来を見極めて、企業と地域経済を発展させ、地方創生に寄与するように求めています。
守りの銀行経営から攻めの銀行経営への転換です。まさに180度の方向転換ともいえるでしょう。
では、なぜ金融庁はこのような大きな方向転換を行ったのでしょうか?
バブル崩壊以降の金融業の変遷
バブル崩壊以降、金融業はどのように変遷を遂げてきたのでしょう。
不良債権処理に伴う金融検査マニュアル
バブル崩壊によって、金融機関には不良債権が増大しました。国は金融不安を取り除くために、つぶれない銀行を作る必要に駆られます。
つぶれない銀行と作るための金融庁の検査官の検査マニュアルが金融検査マニュアルです。金融庁検査官は金融機関の不良債権を徹底的にあぶりだす検査を行います。
これによって、金融機関はリスクを取らない融資を行うようになります。銀行を評して「雨の時に傘を外す」などと言われますが、銀行にとってコストが多きくなる経営状態が不良な企業には融資を行わず、銀行は保証・担保第一の経営を行うようになります。
また、不良債権をいつまでも抱えていたくない銀行は事業再生を行わずに安易に債権放棄、返済猶予、債券売却という最もコストがかからない簡単な方法によって債権を手放すようにもなります。
リレーションシップバンキング
地域経済の発展あってこその地方銀行だという考えのもとに、政府は2003年リレーションシップバンキングという方針を示します。
リレーションシップバンキングとは地域密着型金融という意味で、「金融機関が、借り手である顧客との間で親密な関係を継続して維持することにより、外部では通常入手しにくい借り手の信用情報などを入手し、その情報を基に貸し出し等の金融サービスを提供するビジネスモデル。 貸し出し時の審査コスト等の軽減や早期の事業再生支援が可能になるといったメリットが得られる。」(Wikipedia参照)という意味で、銀行が持つ地域の情報、人的資源、サービスを活用し、地域企業にとって最適なサービスを展開していくものです。
これによって、銀行業にビジネスマッチング業務などが認められ、銀行は地域経済とともに発展していくことができるようにもなりました。
しかし、多くの地方銀行は国のリレーションシップバンキングという考え方に無反応でした。
変わらぬ金融庁の監督方針と銀行の経営方針
多くの地方銀行がリレーションシップバンキングに無反応だった理由は金融庁の監督方針に変更がなかったためです。
一方ではリレーションシップバンキングを唱えていながら、金融庁検査においては不良債権の炙り出し、適正な引当金の計上を行っているかの検査で、銀行はリスクを取らない方向、短期的な収益を追う方向へとどんどん進んでいきます。
リレーションシップバンキングは定期的な取引先への訪問なしには成り立たたない考え方です。
経営者と意思疎通を行い、企業のニーズや問題点は何か、強みや弱みはどこか、潜在的なニーズはないかなどを担当者個人個人が把握しなければリレーションシップバンキングは成り立ちません。
短期的に収益を追いかける構造の中では、現場の営業担当者は膨大なノルマをこなすことが仕事です。担保が不足している企業には追加の担保を求めるといった仕事が主になり、すぐに利益につながらない定期的な訪問はコストでしかありません。
このような理由からリレーションシップバンキングは頓挫します。
貸し渋りと貸しはがし
銀行は金融庁に指摘を受けないために、正常先以外への融資を嫌がるようになります。経営が健全でない企業へ融資を行うとうことは、その分の引当金と計上しなければならないということです。
また、すでに融資を行っている企業の業績が傾くと、追加融資によって救済しないどころか、すでに貸しているお金の返済を迫る貸しはがしという現象まで起き、社会問題となりました。
正常先に1億円の融資を行っている場合に計上しなければならない引当金はせいぜい5%程度の500万円です。
しかし、この取引先が要注意先に転落した場合には50%程度の5,000万円もの引当金を費用化して計上しなければなりません。
このため銀行は経営が悪化した企業には新規融資を行いませんし、既存融資先の経営が悪化した場合には貸しはがしを行うようになります。
すべては銀行経営を健全化させるためのコストとなるようなことはしない、リスク管理という金融検査マニュアルの金融庁の方針を忖度した地方銀行の経営方針によるものです。
信用保証制度
金融検査マニュアル制定と同時期に大幅拡充されたのが信用保証制度です。1998年に政府は特別保証制度を導入しました。
現在の信用保証制度の原型で、中小企業が倒産や資金ショートなどで融資金を返済できない場合に信用保証協会が100%の融資金の弁済を行う代位弁済制度がスタートします。
さらに2008年、リーマンショック時に緊急保証制度という保証制度を導入して総額30兆円という保証枠が設けられます。
折しも、銀行にとっては金融庁から不良債権処理を強く迫られている時期です。銀行にとって代位弁済制度のよって貸し倒れリスクから完全に開放される信用保証制度はまさに渡りに舟です。
銀行はどんどん信用保証協会保証付融資を推進します。
筆者が銀行に入行してから退職するまでは事業性融資といえば信用保証協会付融資が当たり前かのように思っていました。
それだけ、銀行はノーリスクの信用保証制度ばかりを推進するようになります。
リーマンショックで不良債権処理と保証制度は加速
リーマンショックによってふたたび金融不安に陥り、銀行の不良債権処理と、中小企業の資金繰りは両方とも重要になります。
このような時に政府は緊急保証制度を導入し、さらに信用保証制度は加速していきます。
緊急保証制度は資金を必要としていく企業に円滑な資金供給を行うことができたという点では確かに効果がありました。
その反面、銀行内部ではさらに信用保証協会付に融資に過度に依存するようになっていきます。
中小企業の資金繰りの円滑化と銀行の不良債権処理という両輪によって信用保証制度はどんどん加速していくのです。
短期から長期へ
従来、中小企業の運転資金は短期資金で1年以内に返済期限が到来する手形によって融資し、会社の設備投資は長期資金で長い期間をかけて返済していくというのは当たり前でした。
この際、短期資金は無担保で融資を行い、長期資金は担保をとって融資を行うものでした。
しかし、金融庁の金融検査マニュアルで、担保や保証が得られていない融資は忌避されるようになります。金融庁が「この企業への短期資金は担保や保証がないが引当金を積まなくても大丈夫か?不良債権ではないのか?」と指摘されてしまうためです。
これにあいまって拡充した信用保証制度によって、本来無担保であった運転資金の短期融資も信用保証協会の保証をつけて長期資金で融資するようになります。
これによって、多くの銀行で短期資金は数を減らすようになり、長期資金ばかり融資されるようになります。
筆者も入行したときには支店内に多くの手形が保管されていましたが、時の経過とともに手形貸付は信用保証協会付の長期資金へと借り換えるようになり、手形の数はどんどん少なくなっていったと記憶しています。
今や、工事の引当などのつなぎ資金融資以外、ほとんどの運転資金は長期資金で融資されるというのが銀行の現場では当たり前のようになっています。
失われる銀行の「目利き力」
金融検査マニュアルに基づく、健全経営最優先の銀行、拡大した信用保証制度に、短期資金の激減。これらを原因として銀行員の企業を見る力、目利き力が大幅減少したといわれています。
そもそもリスクを取らない銀行の経営方針は、健全な企業にいかに他行との競争に打ち勝ち融資を行うかという経営にならざるを得ません。
健全な企業は財務内容が健全ですので、目利きという数字に表れない力を持たなくても、決算書の内容から融資可能と判断できます。
また、信用保証制度ありきの融資で重視される価値観は「信用保証協会の保証が付くか否か」だけです。
銀行員は営業先からとってきた融資案件を信用保証協会に保証依頼を上げ、後は簡単なチェックリストに基づく形式上の審査を行うだけです。
つまるところ、融資案件を本当に審査しているのは銀行員ではなく、信用保証協会です。
筆者が銀行員時代に昔の融資ファイルを目にする機会が何度もありました。昔の融資ファイルは使用する資料や膨大な分量の稟議書で、融資ファイルの厚さは5センチ以上になっている場合もありました。
今の融資案件のファイルの厚さは1センチもないペラペラです。
それだけ銀行は昔に比べて審査を行っていません。すべては「保証協会がつくから大丈夫」なのです。
さらに、短期的に返済期限が到来する短期資金において銀行は手形の回収や書き換えのために少なくとも1年に1回は企業を訪問しなければなりません。
恒常的な訪問のたびに経営者と信頼関係を醸成し、数字からは読み取れない企業の力や強味や経営課題を見つけること。これが目利き力なのです。
しかし、過度にリスクを取らない経営方針と、効率性重視の営業の中で、銀行員の仕事は目利きではなく、ただのノルマ達成のための営業マンとなってしまいました。
企業もそのような銀行の事情は分かっています。そのため、企業にとっても銀行がそのような態度でいる限りは「どこから借りても同じ」なのです。
このため、企業も少しでも低い金利で融資を行ってくれる銀行からお金を借りるようになり、銀行も低金利という価値しか企業に提案できなくなります。
地域経済の発展とともに地方銀行発展はある。そのような本来地方銀行が果たすべき役割は銀行員の目利き力の喪失とともに金融検査マニュアルと信用保証制度の拡充という2つの歯車によって失われつつあります。
森金融庁長官の方針
このような金融庁と銀行、そして地域企業を取り巻く状況を打破するため森金融庁長官はどのような改革を行っているのでしょうか?
企業アンケートの実施
2015年10月から森金融庁長官は全国1,000社の中小企業に向けてアンケートを実施します。
実際に、現在の中小企業は地銀のサービスや業務についてどのように考えているのか、低金利だけの価値を銀行に対して本当に求めているのかを調査するためです。
アンケートの結果、中小企業が銀行に求めていることは実際には、金利以上に事業内容を見てもらい、経営課題の解決と企業の成長に向けて一緒に取り込んでもらいたいという内容となりました。
銀行が低金利こそ顧客が最も求めているものだという銀行の認識は的外れであったと言わざるを得ません。
地域経済の発展のために、地方銀行が中小企業と一緒になって汗をかくという地方銀行本来の役割を銀行が放棄しているという実態が浮き彫りになり、企業が本来的な銀行の役割を期待しているという実態も明らかになりました。
これ以降、森体制の金融庁は不良債権処理をメインにおいたリスクを取らない銀行管理から、地域経済の発展のための銀行づくりのために本格的に舵を切っていくようになります。
金融検査マニュアルの廃止
金融庁検査のたびに銀行を震え上がらせてきた金融検査マニュアルですが、今やその甲斐もあって銀行の不良債権比率は大きく減少しています。
1990年代後半の金融危機時に作られた金融検査マニュアルは一定の効果を発揮しましたが、銀行がリスクマネーを取り地域経済や地域の雇用を守るという本来の役割を喪失し、銀行員にとって最も大切な目利き力をも失わせてしまいました。
結果的に銀行は信用保証協会付の融資の拡充、金利競争に走り、地域経済や銀行の営業基盤にとって最も大切なはずの、事業再生や事業承継をなおざりにし、地域経済がミニマムになる根源ともなりつつあります。
そこで、森長官が金融庁長官となってから金融検査マニュアルの運用は停止されてきました。さらに金融庁は2017年2月に金融検査マニュアルを実質廃止し、行政指導の留意点をまとめた「監督指針」と統合し、簡素化する方向となりました。
それまで、不良債権を見つけ金融機関を処分してきた金融庁は金融処分庁と揶揄されてきましたが、今後は金融機関を地域経済の発展や地方創生に寄与する存在として育成する金融育成庁へと転換を図ったのです。
ベンチマークの導入
金融庁が2016年9月15日に公表した金融機関との対話を目的としたツール。
金融庁が新たに金融庁検査において金融機関を評価する指針としたのが、ベンチマークです。
ベンチマークは「金融機関における金融仲介機能の発揮状況を客観的に評価できる多様な指標」として公表されました。
ベンチマークは共通ベンチマークと選択ベンチマークに分かれています。
共通ベンチマークの項目はすべて達成が求められる項目で、選択ベンチマークの項目は金融仲介機能強化のために銀行自らが目標達成のために任意に選択することができる項目となっています。
いずれも金融庁が以下の業績評価指標を達成するために金融機関が任意でどのベンチマークを使用するか選択できるような仕組みとなっています。
①金融機関が主力とする企業の経営改善や成長力の強化
②持続可能性に懸念のある企業の抜本的事業再生等による円滑な新陳代謝の促進
③担保・保証依存の融資姿勢からの転換
以下金融庁HPより項目とベンチマークを抜粋します。
共通ベンチマーク
項目(1) 取引先企業の経営改善や成長力の強化
ベンチマーク1. 金融機関がメインバンク(融資残高1位)として取引を行っている企業のうち、経 営指標(売上・営業利益率・労働生産性等)の改善や就業者数の増加が見られた 先数(先数はグループベース。以下断りがなければ同じ)、及び、同先に対する融資額 の推移項目(2) 取引先企業の抜本的事業再生等による 生産性の向上
ベンチマーク2. 金融機関が貸付条件の変更を行っている中小企業の経営改善計画の進捗状況
ベンチマーク3. 金融機関が関与した創業、第二創業の件数
ベンチマーク4. ライフステージ別の与信先数、及び、融資額(先数単体ベース)項目(3) 担保・保証依存の融資姿勢からの転換
ベンチマーク5. 金融機関が事業性評価に基づく融資を行っている与信先数及び融資額、及び、 全与信先数及び融資額に占める割合(先数単体ベース)選択ベンチマーク
項目(1)地域へのコミットメント・地域企業とのリレーション
ベンチマーク1. 全取引先数と地域の取引先数の推移、及び、地域の企業数との比較(先数単体ベース)
ベンチマーク2. メイン取引(融資残高1位)先数の推移、及び、全取引先数に占める割合(先数単体ベース)
ベンチマーク3. 法人担当者1人当たりの取引先数
ベンチマーク4. 取引先への平均接触頻度、面談時間項目(2)事業性評価に基づく融資等、担保・保証に過度に依存しない融資
ベンチマーク5. 事業性評価の結果やローカルベンチマークを提示して対話を行っている取引先数、及び、左記のうち、労働生産性向上のための対話を行っている取引先数
ベンチマーク6. 事業性評価に基づく融資を行っている与信先の融資金利と全融資金利との差
ベンチマーク7. 地元の中小企業与信先のうち、無担保与信先数、及び、無担保融資額の割合(先数単体ベース)
ベンチマーク8. 地元の中小企業与信先のうち、根抵当権を設定していない与信先の割合(先数単体ベース)
ベンチマーク9. 地元の中小企業与信先のうち、無保証のメイン取引先の割合(先数単体ベース)
ベンチマーク10. 中小企業向け融資のうち、信用保証協会保証付き融資額の割合、及び、100%保証付き融資額の割合
ベンチマーク11. 経営者保証に関するガイドラインの活用先数、及び、全与信先数に占める割合(先数単体ベース)項目 (3) 本業(企業価値の向上)支援・企業のライフステージに応じたソリューションの提供
ベンチマーク12. 本業(企業価値の向上)支援先数、及び、全取引先数に占める割合
ベンチマーク13. 本業支援先のうち、経営改善が見られた先数
ベンチマーク14. ソリューション提案先数及び融資額、及び、全取引先数及び融資額に占める割合
ベンチマーク15. メイン取引先のうち、経営改善提案を行っている先の割合
ベンチマーク16. 創業支援先数(支援内容別)
ベンチマーク17. 地元への企業誘致支援件数
ベンチマーク18. 販路開拓支援を行った先数(地元・地元外・海外別)
ベンチマーク19. M&A支援先数
ベンチマーク20. ファンド(創業・事業再生・地域活性化等)の活用件数
ベンチマーク21. 事業承継支援先数
ベンチマーク22. 転廃業支援先数
ベンチマーク23. 事業再生支援先における実抜計画策定先数、及び、同計画策定先のうち、未達成先の割合
ベンチマーク24. 事業再生支援先におけるDES・DDS・債権放棄を行った先数、及び、実施金額
(債権放棄額にはサービサー等への債権譲渡における損失額を含む、以下同じ)
ベンチマーク25. 破綻懸念先の平均滞留年数
ベンチマーク26. 事業清算に伴う債権放棄先数、及び、債権放棄額
ベンチマーク27. リスク管理債権額(地域別)項目(4) 経営人材支援
ベンチマーク28. 中小企業に対する経営人材・経営サポート人材・専門人材の紹介数(人数ベース)
ベンチマーク29. 28の支援先に占める経営改善先の割合項目(5) 迅速なサービスの提供等顧客ニーズに基づいたサービスの提供
ベンチマーク30. 金融機関の本業支援等の評価に関する顧客へのアンケートに対する有効回答数
ベンチマーク31. 融資申込みから実行までの平均日数(債務者区分別、資金使途別)
ベンチマーク32. 全与信先に占める金融商品の販売を行っている先の割合、及び、行っていない先の割合(先数単体ベース)
ベンチマーク33. 運転資金に占める短期融資の割合項目(6) 業務推進体制
ベンチマーク34. 中小企業向け融資や本業支援を主に担当している支店従業員数、及び、全支店従業員数に占める割合
ベンチマーク35. 中小企業向け融資や本業支援を主に担当している本部従業員数、及び、全本部従業員数に占める割合項目(7) 支店の業績評価
ベンチマーク36. 取引先の本業支援に関連する評価について、支店の業績評価に占める割合項目(8) 個人の業績評価
ベンチマーク37. 取引先の本業支援に関連する評価について、個人の業績評価に占める割合
ベンチマーク38. 取引先の本業支援に基づき行われる個人表彰者数、及び、全個人表彰者数に占める割合項目(9) 人材育成
ベンチマーク39. 取引先の本業支援に関連する研修等の実施数、研修等への参加者数、資格取得者数項目(10) 外部専門家の活用
ベンチマーク40. 外部専門家を活用して本業支援を行った取引先数
ベンチマーク41. 取引先の本業支援に関連する外部人材の登用数、及び、出向者受入れ数(経営陣も含めた役職別)項目(11) 他の金融機関及び中小企業支援策との連携
ベンチマーク42. 地域経済活性化支援機構(REVIC)、中小企業再生支援協議会の活用先数
ベンチマーク43. 取引先の本業支援に関連する中小企業支援策の活用を支援した先数
ベンチマーク44. 取引先の本業支援に関連する他の金融機関、政府系金融機関との提携・連携先数項目(12) 収益管理態勢
ベンチマーク45. 事業性評価に基づく融資・本業支援に関する収益の実績、及び、中期的な見込み項目(13) 事業戦略における位置づけ
ベンチマーク46. 事業計画に記載されている取引先の本業支援に関連する施策の内容
ベンチマーク47. 地元への融資に係る信用リスク量と全体の信用リスク量との比較項目(14) ガバナンスの発揮
ベンチマーク48. 取引先の本業支援に関連する施策の達成状況や取組みの改善に関する取締役会における検討頻度
ベンチマーク49. 取引先の本業支援に関連する施策の達成状況や取組みの改善に関する社外役員への説明頻度
ベンチマーク50. 経営陣における企画業務と法人営業業務の経験年数(総和の比較)
引用:金融庁のHPより http://www.fsa.go.jp/news/28/sonota/20160915-3/01.pdf
共通5つ、選択50ものベンチマークがあります。これらすべてのベンチマークを達成することは不可能です。大切なことは各項目を達成するために銀行が自主的にどのベンチマークを選択するかを決めることができるようになっているという点です。
これによって、金融庁の顔ばかり見て個性や目利き力を失った銀行は自分たちで地域の経済事情に見合った銀行経営を行わなければならなくなりました。
ベンチマークをざっと見ると、経営者との対話からしか見えてこない、その会社の潜在的な能力や将来性を評価する事業性評価に基づく融資にどれだけ取り組んでいるかという明確な項目も存在します。
また、各ベンチマークには事業再生、経営支援、本業支援、M&Aといった言葉が並びますが、金融庁は事業再生件数や、無担保無保証融資、創業支援に銀行がどれだけ取り組んでいるかを評価するという内容となっています。
さらには人事評価についても本業支援に対する評価が業績評価にどの程度の割合を占めているかも記されています。
これは金融庁が「本業支援に取り組んでいる人を適正に評価しなさい」という銀行に対する強いメッセージです。
筆者が銀行にいた3年前は業績評価の基準は営業ノルマ達成度合いのみと言っても過言ではありませんでした。
評価のために必要もない融資やリスク商品を顧客に売り込み、出世している人ほど若いころにコンプライアンスぎりぎりの危ない営業を行ってきたというのが当たり前で、若い行員にもそれを求めるという悪循環でした。
「土下座してでも買ってもらえ!」という怒号が飛び交うのは日常茶飯事でした。
当時は、本業支援に取り組む人は出世競争から外れたおじさんばかりという印象でした。
しかし、金融庁は銀行に全く逆のことを求めていますので、まさにベンチマークの導入は180度の方向展開であるといえるでしょう。
金利競争からの脱却
中小企業は低金利ではなく、本業支援を銀行に求めています。また、金融庁も銀行に対して本業支援を求めています。
銀行が、金利以上の価値を企業に提供できれば企業もある程度の金利を支払うということが見えてきました。
つまり、銀行が本気になって中小企業の成長と地域経済の発展に力を尽くすことができれば、画一的な商品性とサービスでただただ金利競争を繰り広げている現状を打破することができると金融庁は考えています。
その先に地域経済の真の発展と、銀行の成長があるのです。
現在の金融庁は低金利競争下での規模拡大のための統廃合には反対の立場です。
金利以上の価値を高め、中小企業の発展と地域経済に貢献するための統廃合には賛成の立場です。
銀行はサービス業で、売っている商品はお金です。お金はどこで買っても商品自体は変わりません。
だからこそ、真に地域経済ともにある銀行の姿を体現し、企業にとっての付加価値を提案し、金利競争からの脱却を図ることをベンチマークによって銀行に求めているのです。
地銀の発展は地域経済の発展とともにある
地方銀行の営業基盤は間違いなく当該銀行が存在する地方都市です。
つまり、地方都市が衰退してしまったら銀行の発展もあり得ないのです。
金融検査マニュアルによって確かに銀行の財務基盤は健全なものとなりました。
しかし、その反面、本来の役割である事業性を評価するということ、地域の雇用を守るために事業再生や事業承継といった本業支援を怠ってしまいました。
筆者が銀行員のころは、担保や保証が得られていない事業性融資はよほど業況が堅調な先以外には絶対に行いませんでした。
融資を断った企業の中には銀行が支援を継続していれば救われた企業も存在したかもしれないと今は思います。
これから銀行はリスクを取り、取引先企業としっかり向き合い、中小企業の発展に力を尽くすことが求められます。
中小企業の発展は地方の発展です。地方の発展なくして地銀の発展はあり得ないというのが森金融庁の方針です。
繰り返しになりますが、銀行が売っているのはお金です。お金はどこから買っても同じ形をしています。だからこそ、金利競争という形を銀行は繰り広げてきましたが、価格競争ではなく本業支援という付加価値を高めることで、銀行も付加価値に見合った利息を得ることができるようになるのです。
現場から2
法人口座数の新たノルマ
金融庁のベンチマーク導入の効果もあってか、最近は銀行の営業も変わってきたように感じます。筆者は元銀行員ということもあって、銀行の営業担当者がかなりの頻度で顔を出しに来ます。
その中で、最近彼らが口にすることは「法人で口座を作ってくれるところを紹介してほしい」ということです。
選択ベンチマーク1に、法人取引先数の推移という内容があります。おそらく、銀行上層部ではこのベンチマークを選択し、支店レベル、営業担当者レベルにノルマを下しているのでしょう。
しかし、金融庁の本当の意図は企業とともに地域経済に貢献できる取引先数を増やせという意味です。
営業担当者はそのような意味を知りません。ただ、膨大な数の法人口座数というノルマを抱え、相も変わらず頭を下げて回る日々が続いています。
取引のない企業に何度も行って経営者や経理担当者と仲良くなり「お宅になら相談してみよう」という真の地方銀行への姿とは程遠いのが実態です。
数だけのノルマを与えても、口座作成後は企業には顔も出さなくなるというのは、経験から目に見えています。翌期には新たなノルマが来るためです。
実際に、銀行員の中には金融庁長官が変わったこと、金融検査マニュアルが廃止になったことすら知らない行員が多くいます。
金融庁の真意を行員に伝えず、ただ、ベンチマークをこなすためのノルマには何の意味もないと筆者は思います。
しかし、筆者と付き合いのある銀行は現状としてそのような状態です。
現在の行員は目利き能力は皆無
銀行は長らく、事業性融資に関しては「信用保証協会の保証ありき」で融資を行ってきました。
信用保証協会の審査は簡単なチェックリストのようなものだけと本書では書いてありましたが、それは信用保証協会の内諾を得た後の話です。
実際には、信用保証協会に内諾させるまで、様々なやり取りがあるのです。
決算書から見えない情報をいかに信用保証協会の担当者に伝えるかがメインとなります。
「これから、○○の要因で売上が伸びていくことが予想されますので保証お願いします!」というような交渉です。
銀行の中にもこのような交渉がうまい人は少なくありませんが、あくまでも、交渉は交渉で、銀行が最後まで責任を持つような目利きではありません。
ましてや、たいていの銀行員は融資案件を信用保証協会に上げて、信用保証協会がOKといった金額までの融資は可能、保証不可であれば謝絶というのが一般的です。
このような時に決まり文句は「総合的な理由により融資できません」というのが一般的です。
経営者は自社のどこに問題があるのか、新たに資金調達できるようにするにはどうすればよいのかを最も知りたいと思うのですが、まさか銀行が「保証協会の保証が下りないから融資できません」とは言えないため「総合的な理由」という話になるのです。
このような企業との向き合い方が変わらない限り、目利き能力など育つはずもありません。
社長と一体になってその企業の未来、従業員の雇用、従業員の家族まで面倒を見るのが本来のリレーションシップバンキングです。
融資できない理由を「総合的」としか言えない銀行員のどこに目利きがあるのでしょうか?
銀行内部でも目利きのための研修会などは行っていることは行っています。しかし、いかに企業のどこを見ればいいのかを教えてもらったとしても、実際にやることは信用保証協会に保証を認めてもらうことだけでは、使う場面がありません。また、目利きとは経験によって蓄積されていくものですので、使う場所がない環境の中で目利き能力が育つはずはないのです。
今後の方向性
金融庁の大きな方向転換によって、リスクを取らず低金利の規模拡大路線によって収益を上げてきた銀行経営は変化を迫られています。
今後、地方銀行はどこに行ってしまうのでしょうか。
ALM依存経営は成り立たない
日銀は昨年当座預金についてマイナス金利を導入しました。今までは、短期市場で資金を調達して長期市場で運用するというALM経営(資産運用経営)は成り立たなくなってしまいます。
今までは預かった預金を日銀当座預金においておくだけでも利ザヤが稼げましたが今後はそうはいきません。
あわせて、金融庁はリスクマネーによる融資を強く地域金融機関に求めています。
今後は、リスクをとって融資を行っていくしか預金者から預かった預金を運用するすべはなくなりつつあります。
短期収益目線は成り立たない
金融庁のベンチマークは営業管理、人事管理、業績管理、内部管理ともにすべてが地域金融機関にコンサルティング的な機能を果たさせるための基準となっています。
地域金融機関が金融庁から評価を得るためには、金融検査マニュアル時代のように、リスクを取らず、保証協会付の融資を拡大し、企業に提供できるバリューは低金利のみということは許されないようなベンチマークとなっています。
また廃業件数が倒産件数を多く上回っている現状を鑑みると、地域金融機関にとっても本業支援を疎かにすると、営業基盤がどんどんミニマムになっていくという現実も直視しなければなりません。
このように、単純に薄利多売の経営では地域金融機関はいずれ限界となってしまいますし、日銀も金融庁もリスクを取って低金利でない融資を行うということを金融機関に求めているのです。
今後は、本業支援を本気で行わなければならない現実を直視する銀行も増えてくるのではないでしょうか?
三位一体の経営
リスクをどこまでとるのか、営利企業である以上収益も上げなければならない、自己資本も重要という中で、森金融庁長官は、今後の真の銀行の健全性とは①リスクテイク②収益③自己資本という3つが三位一体となってバランスをとり、地方創生に貢献できる銀行が健全な銀行であると述べています。
まさに、銀行は今までのように、金融検査マニュアルにばかり気にして自行の健全性ばかりを磨き地域経済を顧みないという経営から、地域経済に真に貢献するためにリスクマネーを取りながら、収益性と健全性を高めていかなければならなくなっています。
他の業種の経営では当たり前の難しいかじ取りが、銀行にも求められつつあります。
金利から質へ
金融庁の中小企業1,000社へのアンケートより、中小企業が必ずしも低金利を銀行に求めているわけではなく、企業と一緒になって企業の成長や経営課題の解決に取り組んでくれることを求めているということが明らかになりました。
企業も自社に金利以上のサービスを提供してくれる銀行にはそれなりに高い金利を対価として払うことも厭わないということです。
実際に、地域密着によって地域から真に必要とされている銀行の金利は規模拡大路線にひた走っている銀行と比較して高金利となっていることが一般的です。
それでも中小企業経営者の満足度は高いものとなっています。
同じコーヒーを売るのにも、顧客満足度が高い店は高い値段を顧客が喜んで払っているように、銀行もこれからはサービスの向上によって高い金利を取る工夫をしなければなりません。
それは銀行員がノルマに追われ、必要もない融資やリスク商品から売ることから解放されることにもなりますし、企業の満足度も向上します。
これから金融庁の真意を真に理解する銀行は低金利競争から脱却し、地域経済の活性化に寄与し、自行の営業基盤を拡充する方向性に向かうでしょう。
低金利戦略と事業本位の2極化
中小企業の中では低金利を求めている企業も確かに存在します。
また、銀行が金融庁の意図を真に理解せず、単にベンチマークをこなすためだけに、営業担当者にノルマを与えるだけという見かけだけの対応を取るのであれば、地域経済は活性化せず、企業にとっての銀行満足度も向上せずに、結果として銀行は収益確保のために今までと同じ規模拡大低金利路線しかとれないでしょう。
筆者が現在銀行員と付き合っている印象からは、金融庁のお達しを真に理解している銀行がどれほど多いのかと疑問符が付きます。
金融庁の真意を真に理解しているなら「とりあえず口座だけを作ってくれる企業を紹介してくれ」などと言う話にはならないはずです。
規模拡大路線低金利経営の銀行はスケールメリットを得るために統廃合を行うしかなくなってしまいます。
しかし、北国銀行、広島銀行、きらやか銀行のように金融庁長官交代以前から本業支援によって成功している銀行も存在します。
今後は金融庁の真意を理解し、本業支援へと舵を切る銀行も登場してくるでしょう。
つまり、規模拡大の低金利競争に走る銀行と、本業支援に打ち込み、小さくても地域経済の発展に真に寄与する銀行の2つが並立するのではないでしょうか?
そのような中で、規模が小さいのに、規模拡大によってしか収益を得られないという矛盾を抱えた銀行は統廃合によって消滅していくのが必然のように思います。