銀行の融資案件の審査には、担当者、審査課長、支店長、本部の審査部というように、様々な機関や人が加わります。
審査がこれらのたくさんのプロセスを経る必要があるのは、担当者や支店レベルの独断だけで、不正な融資を行わないよう、稟議に間違いがないようにするために、二重、三重にチェックを行なっているためにと言えます。
では、銀行審査においてはどのような役割をそれぞれのプロセスで担っているのでしょうか?
この記事では、銀行審査における、担当者や支店や本部などの役割や関係性について銀行内部にいた人間として解説していきたいと思います。
目次
審査に多くのプロセスを設けるメリットデメリット
審査に詳しい人が上位に位置している
担当者→審査課長→支店長→審査部というように融資案件の稟議は回覧していきます。
これは、審査自体を二重三重にチェックするという意味もありますが、より審査に詳しい人に順に審査をしていくという意味もあります。
担当者よりも課長や支店長が審査に詳しいのは当たり前ですが、基本的に審査部の審査担当者は支店長経験者である場合がほとんどです。
つまり、審査のプロセスを追うごとに、より審査に詳しく、銀行員としてのキャリアが長い人が融資案件の審査を行い、審査に間違いがないような仕組みとなっているのです。
メリット
審査のプロセスを二重三重にすると、不正な融資が行われるリスクが著しく軽減するというメリットがあります。
支店はノルマを抱えていますので、ノルマ達成のためにその資金が会社にとって必要であろうとなかろうと融資をしたいというのが本音です。
筆者が銀行員時代は、返済見込みが著しく薄い融資案件に対して、適当な言い訳をつけて融資をしていたという実態が少なからずありました。
融資がデフォルトしたら、最終的に損をするのは銀行ですので、明らかな背任行為です。
しかし、支店レベルではそのようなことをノルマ達成のために行っているという実態があります。
また、古い体質を抱える銀行ほど、無理をしてでも数字を作る銀行員や支店が評価される傾向にあります。
本部の審査部まで稟議を回覧することで、このような「数字ありき」の姿勢で融資をしていないかをチェックできるというメリットがあるのです。
デメリット
私が勤務していた銀行では、本部の審査担当者は4、5人しか存在していませんでした。
支店全部の稟議をこれだけの数で審査しているのですから、時間的には大変です。
そのため、本部稟議の案件は審査がスムーズに行っても、本部から回答があるのは2、3日の時間がかかってしまいます。
また、本部稟議は支店内の稟議よりも詳しく行うため、「ここを直せ」とか「この資料をつけろ」と言って差し戻されてくることがよくあります。
そうなると、また、稟議を作り直して、再度本部へ申請を行うため、また時間がかかってしまいます。
要するに、本部稟議には時間がかかってしまうのです。
ここが、本部にまで稟議を回覧する最大のデメリットです。
審査に時間がかかってしまうと、急ぎの資金繰りに対応できません。
そのため、信用保証協会の保証がつき、一定の金額の範囲内であれば、支店レベルで決済してもよいという枠が存在するのです。
この枠は筆者が勤務していた銀行では、1,000万円未満で信用保証協会付の融資で、申込から1週間程度では融資をすることができました。
このようにして、銀行はリスクと融資までのスピードというバランスをとっています。
担当者の役割
融資を受ける際には、まず担当者に話を通すことになります。
なお、支店長も営業課長も支店長も担当先の企業を持っていますので、担当者は平の銀行員の場合もありますし、支店内で役職についている課長や支店長であることもあります。
融資案件を探すこと
支店にはまず本部の営業推進担当の部署からノルマが回ってきます。
支店に回ってきたノルマは担当者へ割り振られます。
1ヶ月に〇〇万円というノルマが担当者へ課せられます。
このノルマに基づき、担当者は取引先の企業をまわり、融資を必要としてくれる会社がないか、お金を借りてくれる企業がないかを探します。
融資を出せそうな企業には、その会社や融資案件に関わる資料などを会社から借りて、支店に持ち帰ります。
すでに融資取引がある場合には、銀行に決算書がありますので、決算書を出す必要はありませんが、その銀行から初めて融資を受ける場合には、決算書を3期分以上(開業3年未満の場合にはあるだけ)提出する必要があります。
融資案件を上司に相談
融資案件を探すと、「こんな融資案件があるのですが」と上司へ相談します。
この時点で、明らかに回復不可能な債務超過のように、絶対に融資をすることが不可能な場合には、この時点で担当者は顧客へ融資を謝絶する旨を伝えることになります。
融資ができそうな企業の場合には、審査に進むことになります。
企業審査を行う
銀行は初めて融資取引する企業に対しては、まず企業そのものの審査を行います。これを企業審査といいます。
銀行によって企業審査を誰が行うのかは異なりますが、私が勤務していた銀行では、担当者が行なっていました。
その企業の安全性はどうなっているのか、その企業に成長性はあるのかなどを審査し、融資限度額や金利などを決定する審査を行います。
信用保証協会と折衝
企業審査が終わったら、信用保証協会の保証をつける場合には、信用保証協会へ保証の相談を行います。
この相談も担当者が行います。
信用保証協会も保証したことがない企業の保証相談を受けた場合には、その企業へ担当者と一緒に訪問することもあります。
問題なく保証できる企業となれば、担当者レベルで保証協会との交渉を完了させることができますが、保証協会が保証へ難色を示している場合には、支店長や審査課長が信用保証協会と交渉することがあります。
稟議を作る
信用保証協会の保証をつける場合には保証協会の保証の内諾が下りたあと、プロパーで融資を受けた場合には企業審査を終えたあとに、融資案件の稟議を担当者が作ることになります。
資金使途を確認する資料、資金繰り表などを作成して、「何に使うのか」「返済に問題がないのか」「融資に合理性があるのか」などということを資料とともに文章で説明します。
この稟議をまずは、審査課長へ上げ、審査課長から支店長、支店長から本部へと回覧されていくことになります。
稟議を直す
稟議をあげると、審査課長や支店長や本部に回覧されますが、このどこかで「ここがおかしい」という指摘があると、担当者のところへ稟議が戻ってきます。
誤字脱字があっても戻ってきてしまいます。
修正点をなおしたら、再度担当者は審査課長へ稟議を上げます。
契約書類を申込者と作成
無事稟議が審査を通過したら、担当者は契約手続きや利息、保証料、諸費用、必要書類の説明を顧客に行い、顧客が納得したら、顧客と一緒に契約書類の記入を行います。
今は非対面で契約までを行うことができる商品が個人ローンを中心に普及していますが、基本的に契約書類の記入は「面前自書」です。
つまり、銀行担当者の前で借主本人(法人の場合は代表者)が記入捺印を行うのが基本です。
融資実行後に取引先の管理を行う
事業資金の融資実行後は個人ローンのように「融資をしたら終わり」ではありません。
融資実行後にその企業の経営が健全になされているのかどうかをチェックし、問題があれば一緒に改善に取り組むのも担当者の役割です。
営業担当者は、基本的に事業資金を実行した企業には毎月1回は訪問し、会社の経営状態や変化などを把握するように銀行から義務付けられています。
支店の役割
支店の役割は、担当者の融資案件の相談に乗ることや、稟議全体の作成に携わること、また、課長や支店長は本部との交渉窓口となることです。
担当者の相談に乗る
支店長や審査課長は、顧客と直接交渉を行なっている担当者の相談に乗ることが大きな仕事の1つです。
「顧客がからこんな話がきたけど、どうやって融資をするのがベストか」とか「税金を払っていない企業だが融資はできるのか」などの相談をして、支店全体のその融資案件に対する方針を決めます。
稟議や必要書類のチェック
担当者が上げた稟議に間違いがないか、不足している資料はないかなどの事務レベルのチェックを行います。
また、稟議がロジカルに構成されているかなどのチェックを行います。
支店長決済の場合には、支店責任で稟議を承認する
支店長決済の融資案件の場合には、支店長が最終的な責任をもって決済を行います。
本部決済の場合には本部との連絡は支店長か課長
本部決済の場合には、本部に上げても問題ない案件かどうか支店長も審査課長も入念にチェックを行います。
本来であれば、支店長決済の案件の方が支店長にすべて責任があるため、支店長決済案件のほうをより入念に審査をしなければならないはずです。
しかし、現実は本部から怒られる可能性の高い、本部決済案件の方がより慎重に審査を行なっています。
このあたりが、縦社会の日本の中でも、よりお硬い銀行の体質という気もします。
稟議に問題があった場合には、支店長か課長に審査担当者から連絡があり、支店長と審査担当者は本部の指示に基づき、担当者に稟議を修正させます。
契約書類のチェック
審査に通過したあと、融資実行時には、契約書や必要書類すべてを支店長まで回覧し、書類
に不備がないかを再度支店内でチェックします。
ここで、契約書などの不備がないことが確認できたら晴れて融資実行となります。
融資実行後も支店長も取引先を訪問する
融資金額がそれなりに大きな会社へは支店長も定期的に会社を訪問し、経営状態や変化の把握に努めます。
また、担当者が企業を定期的に訪問しているかどうかをチェックするのも支店の役割です。
本部の役割
本部の役割は最終的に稟議全体をチェックすることです。
特に本部決済で稟議が上がる案件は「融資金額が大きい」「リスクが高い企業」などであることが多いため、融資実行後に頭取などの役員や、金融庁などにチェックされることもあります。
このため、支店レベルよりもかなり厳密に審査を行います。
融資を実行するための審査というよりも、稟議に間違いがないか、背任行為などに該当していないかどうかなど、どちらかと言えば否定的にチェックしています。
企業審査をチェックする
支店から上がってきた企業審査をチェックして最終的に格付や金利を決定するのも本部の役目です。
支店が格付C(正常先)と判断しても、本部が問題があると判断すれば、格付を下げることもあります。
融資案件が本部稟議の場合には審査部が最終的にチェックする
本部決済の場合には、稟議は最終的に本部が決済します。
融資金額や企業の格付などによって決裁権限が詳細に決まっており、場合によっては、審査担当の役員へ決済が回ることもありますし、頭取決済となることもあります。
ただ、役員以上の決済案件になると、本部の審査担当者が相当慎重に審査を行いますので、実質的には役員や頭取の決済は形だけとなっている側面があります。
つまり、本部に上がってくる稟議は実質的にすべて審査部が責任を持っています。
稟議に問題ある場合支店に差し戻し
稟議に問題がある場合には支店に差し戻し、修正点を指摘し再度支店に稟議を作り直しを指示します。
修正点が改善できない場合や、支店では気づかなかった間違いがあり、それが原因で融資ができないような場合には、本部で審査を否決とすることも場合によってはあります。
融資額が大きな場合は本部担当者が会社訪問をすることも
本部の審査担当者も融資額が大きな会社へは経営状況のチェックのために定期的に会社を訪問します。
基本的には根回しによって回っている
担当者・支店・本部の役割は上記のように決まっていますが、稟議というのはあくまでも建前になってしまっているという現実があります。
実際には稟議を上げる前の根回しで決まっていると言えます。
根回しは話の中で行われますので、融資を受けたいのであれば担当者の印象をよくしておくことが根回しがスムーズに行く傾向があるのです。
融資案件の相談時に融資の方向性は決まる
稟議はここまでに説明した通りに進んでいくのですが、実際に「融資を実行するかどうか」の肝の判断の部分は稟議の中では決まっていません。
最初に担当者が融資案件について相談をする中で決まっています。
担当者→課長→支店長→本部の順番にまず相談
担当者が融資案件を決算書などの資料とともに相談する中で、支店長や課長などは「この会社へのこのくらいの金額であれば融資には問題ない」などと判断します。
支店長決済の案件であれば「信用保証協会の保証がついたら実行するから、すぐに保証協会へ相談を上げろ」などと担当者に指示する流れになります。
また、本部決済の案件であれば、課長や支店長などが本部に電話をかけ(場合によっては本部まで足を運び)、「この会社のこういう案件を実行したいのですが」と相談します。
審査担当者が「やる」と言えば、そこから稟議をつくりますし、「ダメ」と言えばそこで終わりです。
相談段階で融資実行の方向性は定まる
このように、融資案件の相談があった段階から、関係各所へ融資実行できるかどうかの相談を持ちかけます。
そこで融資実行の内諾が取れた段階で実際の稟議へ進むことになるのです。
いきなり稟議を上げると怒られる
このように、大事な方向性は稟議を上げる前に決まっているのが実情ですので、いきなり何も相談せずに稟議をあげると「聞いてない」と怒られることになります。
いかにも根回し社会の日本企業という感じがしますが、これが実情です。
場合によっては上司を怒らせて何日も稟議を見てもらえないこともあります。
稟議でやることは支店も本部も変わらない
方向性は相談段階で決まっているため、稟議で行われることは基本的に不備がないかどうかだけです。
そのため、支店内でも本部でもやっていることは「不備なく、さらに上の人間に見られても問題ない(怒られない)形となっているかどうか」という形式的なものとなっているのが実情です。
結局銀行の経営方針に左右される
支店長や本部が個人的に「この会社には融資しても問題ない」とか「この会社はプロパーで融資しても安全だ」と判断したとしても、すべては銀行の方針に左右されます。
一時期の不良債権処理が最優先の時代では、よほどの優良企業でもプロパー融資など絶対に審査に通りませんでした。
しかし、今は金融庁の方針転換によって少々リスクがありそうな企業に対してもプロパー融資を積極的に審査に通しています。
まとめ
審査のプロセスが二重三重に分かれている理由は、不正な融資がないか、稟議に不備がないかを何回もチェックするために行われます。
融資を実行するか否かの1番大事な部分は、稟議を作る前の相談によってほぼ決まっています。
最初に融資案件の窓口となるのは営業担当者です。
個人ローンのような明確な基準のない事業資金の審査においては、いかに営業担当者が自社を応援したいと思い、上司や信用保証協会と熱意を持って交渉してくれるかどうかにかかっています。
そのため、担当者の印象がよくなるように接し、自分の会社にかける熱が担当者にも伝わるよう意識して接するようにしましょう。